稽古のつまみ

コメント: 83
  • #83

    稽古のつまみ第43回 (日曜日, 07 1月 2018 13:00)

    謹賀新年

    日付としては寒中見舞いの時期にあたってしまいましたが、
    これをお読みの皆様は、つつがなき新玉の年をお迎えのことと拝察いたします。

    今年は、戊戌(つちのえ・いぬ)年です。
    皇紀二千六百七十八年としての年賀状も、数通いただきました。

    ちょっと調べてみると、直前の戊戌は、1958(昭和33)年で、
    この年の1月31日には、アメリカが初の人工衛星打ち上げに成功しています。
    その前が1898(明治31)年。岡倉天心や橋本雅邦らが日本美術院を創立した年で、
    世界遺産になった三井富岡製糸所で女工がストを起こしたような頃です。

    ずーっと遡ると1538(天文7)年には北条氏綱が下総葛西城を陥落させたとか、
    1358(延文3)年には足利尊氏が54歳で没したとか、
    1298(永仁6)年には京極為兼が六波羅に捕縛され佐渡へ流されたとか、
    こんなのが、戊戌年にあたる年の出来事です。

    なんだか暗いニュースばっかりなので、
    為兼の編纂した『玉葉和歌集』から賀歌を一首、挙げて帳消しにしましょう。

    すべらぎを千世の春とぞ祈りつるわが行末に花やさくとて

    権中納言親宗の詠んだ歌で、天皇の御代を「千年続く春のように」と祈りつつ、
    それによって「わが行末」、すなわち自分の将来にも花が咲くことを祈ったものです。

    いま、雌伏の時の只中に置かれていても、春に植物が芽吹いて花を咲かせるように、
    暗く辛く、冷たい土の中から出て、いつか陽を浴びると信じていたいですね。


    ところで「雌伏」という語の「伏せ」で、戌年に視点を戻しますと、
    イヌというのは、今でこそ猫と座を争う、ペット界の王者の風格ですが、
    日本の伝統的な本意のなかでは、あまりいい扱いを受けていません。

    たとえば「犬一匹に狸一匹」というのは、犬が狸のような獲物をとるのは、
    一生に一度のこと。機会に出会うのは容易ではない、という意味の言葉です。
    犬が優れた狩猟能力を持っていれば、このような言葉は生まれないわけで、
    逆に言えば、犬というのは、滅多にチャンスを活かせない生き物ということです。

    「犬の川端歩き」。これは、犬がエサを求めて河原をうろつくように、
    金のない人が店先をウロウロすることを喩えた言葉です。

    また「犬が星を見る」という言葉は、現代においてはロマンチックに響いて、
    なんだか絵本だとか詩のタイトルになりそうですが、これは、
    いやしい者が及びもない高望みをする、という意味です。

    「犬羊の質」というのは、犬とかひつじのような、
    才能のないつまらない素質のことで、「犬の年寄ったよう」という言葉は、
    年ばかりとって智徳の進歩しないことを言う。


    ……いずれも自分で書いていて、自分を表すようで、実に胸が痛くなるものばかりです。


    要するに「犬は、賤しくつまらない存在」というのが、日本の故事ことわざにおける、
    犬の伝統的なポジションなのです。忠犬ハチ公は、たった一匹で、
    その他大勢の「イヌ」が甘んじてきた雌伏の地位を、逆転させてくれたということですね。

    ちなみに、犬の名誉のために記しておきますが、良く知られている、
    犬も歩けば棒にあたる、という言葉は、でしゃばるから災いに遭う、
    というだけでなく、意外な幸運に出会うことも言います。

    禍福は糾える縄のごとし。幸運と不運は、それぞれ互い違いにやってくるものです。
    世間の冷たい風に負けず、少しでもワンダフルに自分を奮いたたせていきましょう。


    さて、新年ということで、初稽古ということが思い起こされ、
    じゃあ、松浦静山はどんな稽古体系だったのか、ということを、
    ちょっと記して終わります。


    静山は、平戸藩主でしたが、江戸浅草学館の設立も行っています。
    『江都浅草学館玄関掛札図』という史料によると、
    稽古は1日を、朝・昼・夕・夜の4区分にして、その科目は、
    釼、鎗、柔、炮、弓、馬、抜、棒捕手、軍学、書、諸礼の11種類。
    もちろん、この11種類はさらに細目があります。

    各月朔日から晦日まであり、1日も休みがありませんでした。
    出席の有無が、そのまま賞罰規程と連動しているという徹底ぶりで、
    その点は、平戸の維新館と同じです。

    試みに、1日~3日までのスケジュールを挙げてみましょう。

    [朔日]
    朝:竹林派巻藁稽古、心形刀流稽古、宝蔵院流稽古、乗馬打込稽古

    夕:直心影流稽古、木馬騎射、大蔵流小的稽古、江口流
    夜:孟子会、関口流稽古

    [二日]
    朝:心形刀流稽古、古新流稽古、読書
    昼:礼式、軍学日課
    夕:大的打込稽古、御先手棒捕手稽古、詩大雅、御弓之者巻藁稽古
    夜:名疇会、心形刀流柔術

    [三日]
    朝:宝蔵院流稽古、心形刀流柔術、武衛流炮術稽古

    夕:大坪流木馬稽古、直心影流稽古


    とまあ、このような調子で、武道あり、文学ありで、
    文武の両輪を廻しながら、各月晦日までこれが続いています。

    面白いのは、武道の世界で静山の名が世に知られるときは、
    たいてい心形刀流と一体になってのことなのですが、
    実際には、実に多彩な流派の武芸と絡んでいたということです。

    それも当時としては当然なのでしょうが、静山の業績を、
    略記してみると、19歳で槍術、23歳で田宮流居合極意、
    30歳で悪馬流常心伝手綱目録など、武芸の業績を積んでいて、
    心形刀流を岩間常稽子から表徳免状されたのは、46歳でした。

    印可免状を受けたのは、彼が50歳のときであり、翌年に、
    伊庭常球子から「心形刀流兵法口伝」を受けています。
    ちなみに、同じ年に新陰流を伝授されました。

    68歳になっても、日置流射業免許を受けていたような人ですから、
    老いてなお盛ん、というような人物で、
    彼が組んだ稽古体系が、厳しくも諸色に富んだのは、
    彼の武芸人生を反映するかのようです。


    ということで、戌年に当てつけて「つまらない才能」と蔑まれても、
    自分のやるべきことを見失わぬよう、いつか花が開くと信じて、
    武道だけでなく、さまざまな稽古に励める一年にしていきたいですね。


    (文責:早乙女)

  • #82

    稽古のつまみ第42回 (月曜日, 16 10月 2017 15:45)

    今回もアクセス、ありがとうございます。

    先日の稽古、久々に刀のことをじっくり出来ました。
    改めて分かったのは、刀というのは誤魔化しが利くということ。

    柔術は接触があるので、無駄な力を込めたか分かりやすいし、
    実際に反発もあるけど、刀ってのはブン回しても、
    それなりにサマになるし、ド素人が日本刀を振り回して走ってくるだけで、
    怖いし危ない。コイツより足が遅ければ切りつけられるかも。

    ニンニン言ってるのが侍ばりの日本刀パフォーマンスしてんだ、
    って思うことも多々あるけど、外国人とかに興味を持たれるのは、
    こんな風に、何か学ばなくても、一応サマになるからだ。

    実際、日本刀のフォルムは安い模造刀でもカッコイイし、
    刀の重みを感じつつ、力でぶん回せば、刃筋なんか無視しても、
    風を切って「オオ!」ってなるし、理合なんか完全にシカトしても、
    正しくなくても即席でSAMURAIのカタチになる。

    手間も稽古もいらない。このインスタント(即席性)は、やはり強い。

    寸胴鍋からこだわって、トリガラだとか烏骨鶏の卵を練りこんだ麺だとか、
    何でダシとってとか、アクを丹念に掬ってとか、時間をどれぐらいかけたとか、
    こだわりの食材とか、切り方にも工夫するとか、
    どんなに手間を尽くしたラーメンも、カップヌードルに勝てないときがある。
    自分で作ろう、となればなおさらだ。

    即席めんは、その名のとおり、即席で作り手を料理人にしてくれる。
    「まだ修行が足りん!」と、長い修練で料理人になる、なんて時間は、
    外国人観光客や、一過性で十分なインスタ日本人には、ない。

    だったら、3分で服着て、カツラかぶって、模造刀持って振れば「武士」、
    のほうが、人気が出て需要が伸びていくのは当然だ。


    そんな中でも、丹念に、時間をかけて古武道を学びたいという人がいる、
    この会で学ぶことなんだから、インスタントには叶わないことが沢山ある。
    どっかの講習で1回聞いたら、次の稽古で先生面さげてる、なんてバカには、
    到底出来ないことが、ここには沢山ある。

    先日の稽古では、そうしたスリリングなところを攻めてもらった。
    その中で、刀を扱うという概念の見直しができた。
    それは、刀というのは「扱っているが、扱っていない」ことであり、
    「持っているが、持っていない」ということだった。


    実態を表現しようとするとコトバが遠ざかるが、
    コトバを近づけると実態が逃げる。
    だから、こういう不可思議な言い回しに落ち着くのだが、
    それでも、無理やり言語化していこう。

    扱っているが、扱っていないというのは、
    刀を手の力で扱っているわけではないけれども、
    身体でさばく、という点では扱っている。

    また、「手の内」という言葉があるように、手先も使うし、
    肘だって曲げている。でも、手の力を主体としてどうこうしている、
    というわけではないから、その部分では「扱っている」とは見なせない。

    ゆえに、刀は確かに、両手の中に納まって「持っている」んだけど、
    握りしめてコントロールをするために、
    力を込めて持っているわけじゃないので「持っていない」、と言える。

    たとえば、刀身を納めるサヤは、刀身をギュっと包んでいない。
    子供が引っ張っても、スラっと鞘から抜け出てくる。
    これは言うなれば「入っているけど、入っていない」ってことだ。

    これと同じように、自分の手の内は鞘のごとくで、柄を包んでいるけど、
    誰かが引っ張れば、スルっと抜けていくから「持っているけど、持ってない」。
    単に納まっているだけ。置いてあるだけ、という具合だ。


    さて、ここからが本題。

    たとえば廻剣をしようとすると「刀は手の中に置いてあるだけですか?」
    と言われると「すいません。いろいろ手首も指も動いてます」ってことになり、
    「じゃあ、やっぱ持ってるし、扱ってんじゃん!」ってなる。

    そこで、解説の第2弾。

    確かに、ある場面では、身体だけでなく、手も使うし運動もしている。
    でも、あくまでも刀は「扱っていない」。
    それって何だ? どういうこと? を言語化してみると、

    アナタは「刀を扱う」ってことを、どこかで「刀をコントロールすること」と、
    イコールで考えていませんか? ってことなんだ。
    体捌きと称して、手じゃなく体でコントロールするんだ、と。

    でも、むしろ学ぶべき感覚は、この逆だ。
    「刀のワガママを聞け。刀のワガママに従え」ってことなんだな。
    「刀のことは、刀に任せるのだ!!」ということなのよ、これが。

    体捌きってのは、「身体で刀を捌く」って意味じゃなくて、
    刀のワガママと、刀の自然な運行を尊重するために、
    身体がどいて通り道を作ったり、身体がサポートしてるんであって、
    自分という体のワガママに刀を付き合わせる、ってことでは、
    断じてない、ってことなんだ。全然違うのよ。概念が。

    たとえば、刀は重い。だから落下したい。
    それでも、私という手の中にあるから、私が落とさないようにしてる。
    だから、あるところまで運んだら、あとは私の方がどいて、
    自由に落下させてあげる。手や身体は、ただ付添っていればいい。

    「刀の下に入る」なんて言葉も、言い得て妙よね。
    「刀さん、そこにいえね。僕が下に行きますんで」っていう体の扱いなのよ。
    だから、そのために肘を曲げて、膝をゆるくして、まさに刀の下に潜る。

    そんなん、肘曲げて刀を頭上にかざせばええやん! ってのは、
    だから「自分のワガママに刀を付き合わせる」ってことだから、
    タチの悪いカラミをしてくるオレ様男みたいなもので、ダメよ、ダメダメ!

    刀が「アタシ、ここに浮いていたい」って仰っているんだから、
    そのために、私が身体を動かしていかなくちゃ、ってことなのよ。

    御刀様の言うことをお聞き! ってことで、だから、
    自分の身体で動かしているように見えるんだけど、
    本質は、御刀様のことは、御刀様にお任せいたしますってことなの。

    でも、バカな政治屋を、頭はバツグンにいいけど薄汚い官僚が、
    「先生、ご用意しておきました」って調子でコントロールしてるみたいに、
    御刀様が「おお、相変わらず気が利くな」って程度には、
    こちらもコントロールしてるってことなのよね。実は。
    刀と私との化かし合いってワケじゃないけど。

    でなきゃ、「重心下げて、腕が浮いたところで、刀を立てる」なんて話は、
    本質に矛盾した、不自然な行動のはず。でも、そうはならない。

    なんでかっていうと、刀を握ったら、結局相手に当てる(もしくは斬る)、
    ってことを想定してるんだし、相手が刀持ってれば、相手もそう考えてる。
    だから、攻撃すると同時に、自分の身も守ってもらわなきゃいけない。

    そこで、頭はいいけど、人間的にはクソみたいなバカ官僚みたいに、
    上手に「先生、先生」って調子で「御刀様、御刀様」って調子で、
    あっちへこっちへと、身体と気を配っていくんだけど、
    最後には「御刀様の蔭に隠れて」、自分の手は汚さずに、
    御刀様ご自身に、相手をザクっとやってもらうのよ。これが体捌きってワケ。

    だから最初に戻ると、刀ってのは、
    「扱ってるけど、扱ってない」し、「持ってるけど、持ってない」。
    ものすごく濃密に自分と接触しているようで、
    離れていくときは他人のように冷たいのよね。

    ……

    と、なぜか書いているうちにオネエ口調になってしまった。
    保毛男田保毛男さんの騒動なんて、一切無関係だけど、
    マツコDX氏やミッツ・マングローブ氏に、トクトクと説かれている、
    っていうイメージが湧いてきて、
    何だか今回の内容に合うリズムの文体が、これでした。

    (文責:早乙女)

  • #81

    稽古のつまみ第41回(BBQ稽古) (水曜日, 11 10月 2017 17:43)

    本日もアクセス、ありがとうございます。

    前回って、つまみの記念すべき40回目で、
    しかも通算80号だったんだ……

    しょーもないことに使ってしまった。。。


    BBQでは、伊勢海老2匹祭りが開催され、
    会長から「妖怪汁飲み男」に認定されました。
    イセエビ汁しか飲まない、贅沢な妖怪です。
    アワビもウニ味噌つけて食べちゃいます。


    かつて行った牛乳パック切りも、
    時を経てさせていただきましたが、
    なんとか太刀筋がパックを通ってくれました。


    終了後は、寒川で稽古をしましたが、
    柔術の稽古では、K君の上達が目を見張るものであり、
    「ああ、俺も10代で古武道に出会ってたらなあ」と、
    つくづく悔やまれるものです。


    しかし、時が戻ることはありませんから、
    今の自分から、少しずつ頑張っていくしかありません。


    柔術では、いずれも重心から動く稽古。


    重心から動くということなのに、腰が残るという矛盾。
    腰は、一番大きな単位の重心だと仮定すると、
    腰が残っているからには、重心はちっとも移動していない、
    ということになる。

    上半身だけが折れてしまったり、
    ゆるみといいつつ、ゆるまないこともしばしば。
    床面に膝が激突するような恐怖が、無意識に先行しているのか、
    思い切った倒れ方ができない。

    思い切って倒れたと思った瞬間に、
    結局は相手に体重を預けてしまって、
    怖がってしがみついているのと同じことに。

    これでは、重さ負けをした相手はつぶれても、
    重心から動いていることにはならない。


    相手の正拳突きを、左半身でかわすところから、
    肩口、肘、頭部、という3種類ぐらいの箇所に対して、
    重心移動をかけていく、という稽古は、
    K君がお相手で、力量の差が如実に出る。


    やはりしっかりやってきた人間には敵わない。


    僕「どどど、どうかな。今の、ダメかなあ???」
    K君「いや、いいんじゃないですか(ドヤ)」
    ※K君に「ドヤ」はありません。僕の嫉妬心の表れです。


    自分も倒れこむこともあるけれど、
    やはり、それだけきちんと崩れているということだろう。
    結局、僕の場合は、どこかで踏みとどまろうとしている。


    この思い切りのよさの差みたいなものが、
    技のかかり方、そもそも技がかかるか、という結果に、
    よく表れている。


    左半身で相手の正拳をかわして、
    右半身に入れ替わりつつ、相手の頭部へ右の掌底をあてる。


    半身の入れ替えに、右上方へ飛ぶ手が乗っていく。
    しかも上方向への腕の「上げ」は、身体の「下げ」に乗り、
    沈むことで浮く、という例の逆説が働いている。
    さらにいえば、手が浮くのは、半身の入れ替えの瞬間ぐらいだ。


    刀でいえば、青眼を相手に当てるときの感じ。
    対象物に対して刀が最短ではなく、
    対象物に対してはあらぬ方向であるが、身体に対しては最短方向。
    それを、半身の入れ替えで相手へ届ける。ゆえに軌道が見えない。


    十手で刀を絡めとるときも、おそらくこの半身で、
    入れ替わった瞬間に、パっと手が上がっているのだけど、
    あれと同じようなものだろう。


    いくつもの異なるスピードと、異なる方向性を持った動きが、
    同時に始まって、同時に終わる。
    これにより、一律にはじまる加速度運動では得られない、
    軌道の消去が可能になっていく。

    人は二つの異なる動きを、同時に視覚で処理することができない。
    それが、三つや四つになっていけばなおさらだ。

    しかも、知覚的には攻撃に使用する部分が、
    対象物から、もっとも遠いところへ出ていくという経過をたどるために、
    視覚的には、より把握することが困難になる。


    というより、始まりと終わりという点と点が、
    線という経路不明のままつながるため、結果だけがある。
    すなわち動き出す前と、動き終わったときだ。


    まるで「どこでもドア」のように、A地点からB地点へ、
    たしかに通っているのだけど、その通路が消えている。
    ゆえに見えない。「どこでもドア」の入った瞬間と出てきた瞬間の、
    そのあいだがどうなっているのかは、誰にも見えていない。


    見えない動きを実演されると、早くやりたくなる。
    しかし、細谷さんという師が、我々に再三言ってきたように、
    早くやってできないものは、遅くやってもできないし、
    遅くやってできないものは、早くやってもできない。


    パっとやりたくなるのだが、消えているのであれば、
    超スローでも消えているはずだ。消えている軌道、
    点と線ではなく、点から点へ、ということをしてみたい。


    そのためには、別々の線をいくつも組み合わせる身体を、
    最低速度で一致させていくことだ。


    それには稽古あるのみ。


    (文責:早乙女)

  • #80

    稽古のつまみ第40回(雑記) (土曜日, 07 10月 2017 16:00)

    昨日、天気は雨で、結構な降り方でした。


    これまで、雨の脅威に耐えきれず、消えていった数々の仲間たち(折り畳み傘)と、風雨との歴戦を振り返り、


    軋み、たわむ傘の骨に気遣いつつ、なんとか雨神、風神と戦って、傘がひっくり返らないよう肘を密着させ、勤務地まで歩いていたとき、ふと、気づいたのです。



    「あれ? この傘の持ち方、八相の構えじゃない?」ってことに。手元も、自然と切り手。肘も直角でした。



    すると、神々は「ようやく気づいたか、この愚か者めが」とでもいうかのように、


    突如として進行方向の左側から叩きつけるような風向きに。


    私は慌てて、右手を左に、左手を右に旋回しました。そのとき、またしても閃いたのです。


    「あれ? これって胴切りで刀を寝かせたときの形じゃん!」と。



    「待てよ? この形って、杖術でひっぱたいた後に、回転させて受け取ったときの手じゃん!」と。



    「ということは、杖も刀も、あの形って八相からの変化みたいなもんなんだ!」と。



    「しかもこれ、丸橋のときの構えにも似てるから、丸橋って、八相に転じて右廻剣もあり?」と。



    そんなわけで、古武道やっていたお陰で、傘を使った面白い発見があり、濡れるのも忘れて楽しい通勤となったのでした。


    (文責:早乙女)

  • #79

    稽古のつまみ第39回(合宿日誌) (月曜日, 02 10月 2017 11:24)

    本日もアクセスありがとうございます。

    前回にも記したように、野本さんが代表を務める「剣住会」の主催で、
    長瀞にある体育館にて、合同稽古を体験してきました。
    当会からは、細谷さん、会長、I氏、O氏が参加されていて、
    稽古にお付き合いもいただき、とても勉強になりました。


    野本さんの会の支部などの方々も集まったり、
    独立されて会をお持ちの代表者の方やその生徒さん、
    他流を継承された方など、男女、さまざまな世代層が集まられ、
    大変、勉強になりました。


    居合についても、「これ、奥義」っていうのを教えていただいたので、
    その方にご迷惑がかかるといけませんから、流派名は伏せますが、


    正座から抜く居合を何本も教わり、
    相手を蹴り上げると同時に刀を抜く、後ろむきに振り上げて抜く、
    といった変わった技から、懐紙で血を拭い紙を捨てる所作を絡めた納刀など、
    今まで教わった居合とは、また異なる味わいも体験できました。


    ただ、体育館の床の上で、正座から抜いているため、膝がしら(膝蓋骨)の下、
    脛骨の出っ張った部分のところが、ものすごい痛くなってしまいました。
    野本さんによると、これは足を蹴って使っているからだそうです。


    正座からいわゆる膝立ちの姿勢になるときに刀が抜けているのですが、
    この膝立ちになるまでに、すでに膝で蹴っているのでしょう。
    何本か抜いたあとは、マットレスを引きながらの稽古でしたが、
    翌日も床の上の正座が辛いという、不慣れな身体でした。


    柔術もさることながら、剣と剣が交わった瞬間から柔術が始まる、
    ゆえに時代劇のような鍔迫り合いなんて、実際には起こらない、
    だったら、いかに交えないで相手を打つかを考える、という話なども、


    もちろん、現実と虚構の別の一例として興味深いというだけでなく、
    刀を扱う技術を、頭で考えるより早く柔術に切り替える身体や、
    剣術は剣術、柔術は柔術、のような分断は安易にはあり得ないこと、
    柔術で体を練っても、「抽象化された剣術行為」の中に、それを還元したり、
    もしくは俯瞰的に柔術的な要素を感得できないと、
    なかなかステップアップには繋がらないのかな、という印象も得られました。


    平たくいえば、柔術の身体が使えないと、剣術だけの訓練では成長もそこそこ、
    ということなんですが、僕のような素人には、目で見る具体例が豊富にほしいので、
    そういった具体例を、いつもの5倍、10倍という型の姿から、
    ものすごく提供していただいた思いです。


    大太刀と小太刀、杖と大太刀、杖と杖、杖と素手など、
    さまざまなバリエーションがあったものの、
    使っているものは全部同じでしたー、という種明かしもあったり、


    ある流派の方がさりげなく「まあ、師匠の技がすごくて覚えられないから、
    さまざまに分解して見せていくんだけど、それらが1コ1コ、
    技の型になっていくから、古流は型の数がやたら多いんだよね」と言ってましたが、
    僕なんかには、耳新しいことでした。


    棒手裏剣が、マットレスを貫通して、後ろの壁に突き刺さる、
    というぐらいの威力を持った投げ方ができる、
    遠江さんからは、こんな風に重心を使って投げるんだよ、
    ということを、持ち方とともに教えていただきました。


    女性の方も、数名、自発的に練習していらっしゃいましたが、
    皆さん、バスバス刺さって、すごいものです。


    この棒手裏剣というのが、鉄製のストローみたいで、太さも様々。
    また、遠江さんの師匠の方は、稽古によって先が丸まった棒手裏剣なのに、
    バスバスと刺さるそうで、極めるってすごいな、と改めて思います。

    細谷さんにも「こういうヒリヒリした稽古がしたい」というところまで、
    感度や精度が張り詰めたところで、杖術や剣術を教えていただき、
    まっすぐ入る、まっすぐ沈む、逃げない、回らないを、
    厳しく指導していただき、「柔術だけに充実した稽古」(by会長)になりました。


    他にも記すべきことはあるのですが、まずはこれぐらいです。


    打ち上げの夜に、遠江さんから感想を求められて、
    KYな答えをしたために、場をしらけさせてしまったのですが、
    こうした様々な流派(?)の方々と、交じって稽古をすることで、
    あらためて思ったことがあります。

    それは、他人といかに比較しないか、うまいとか下手とか、
    やっぱりとらわれる。技ができたとか、できないとか、
    ついつい、耳目を働かせるほうへ、心が動かされてしまう。


    三尺刀とか、特注の武器とか、普段見慣れないもので稽古していると、
    見慣れない身体操作を見たのと同じで、
    うらやましく思ったり、ないものねだりをしたくなったりする。
    でも、ないものはないんだし、できないことはできない。


    上達するために必要なことや、考え方、自発的な気づきは、
    もちろん得るべきだし、でなければ違うメンバーで稽古する意味もない。
    同時に、上達せず今の位置に甘んじろという意味でもないけど、
    やっぱり人と比較する気持ち、何ができた、何を得た、
    あの人たちは出来てない、だから自分は……というエゴや慢心が、すぐ顔を出す。

    その本質的なエゴの自分が、相手を倒そうとすれば、
    エゴが働いて、その動きが自分の手や刀に乗り、
    エゴな形として出てきてしまい、結果的に、相手を倒すどころか、
    逆に倒されたり、何一つ進展せず終わってしまう。


    加えて、さまざまな人に出会い、さまざまな縁を得ると、その表層にとらわれて、
    「俺はこういう人と知り合いだ」「俺は滅多に見れないすごいものを見た」という、
    無駄な自慢に終始して、逆説的に、その場にいない人に対する優越感に耽溺したり、
    何もできない自分が、あたかも強くなったような無意味な錯覚に陥ったり、
    稽古が手段で、虎の威を借りる狐になるための交友関係の建築が目的のような、
    主旨をはき違えた、「あんた、何しにきたの」という結果になる。


    当会(ホーム)とは別に、10名以上の別団体の方々と触れ合えたことで、
    あらためて、心形刀流のいう「他人と比較するな」「本心を練れ」を、
    さまざまな瞬間に内省させられた、意義ある機会だったと思います。


    (文責:早乙女)

  • #78

    稽古のつまみ第38回(雑談) (金曜日, 29 9月 2017 18:49)

    ご無沙汰です。

    時間の使い方、というのは本当に難しいですね。
    たかが「つまみ」。されど「つまみ」。

    夏休みが終わって本業が始まったとたん、
    以前予告した通り、まったく更新できません。


    さて明日から(正確にはすでに本日から)、
    「剣住会」の野本講師が開催される合宿に行ってまいります。


    現在、当会に入会されている方々も、
    この合宿が合縁奇縁ということになっているそうです。


    初めての遠出で合宿。同じ釜の飯を食う、という感じで、
    全国各地から、「古武道」とか「気」に興味のある方々や、
    武道だけでなく、他分野でご活躍をされている方々、
    刀剣女子などが、集合するとか、しないとか。


    とにかく、会派を超えた人々が一堂に会して、
    柔術、剣術、居合と、朝から晩まで3日間、みっちり。
    どんな不思議なつわものやもののふが集まるのか。
    とても楽しそう。期待大!


    ということで、ケガのないよう、
    頑張ってきたいと思います。


    (文責:早乙女)

  • #77

    稽古のつまみ第37.5.5回(番外編2:ある刀剣コレクターの逸話) (月曜日, 11 9月 2017 11:26)

    本日もアクセスありがとうございます。


    前回は、刀剣の話をしましたので、
    ついでに、刀剣に関するちょっとした逸話を紹介します。


    山本悌二郎(1870-1937)という人物をご存知でしょうか。
    詳しい経歴は、ウィキをご参照ください。

    この人物は、当時、政治界や実業界の利き者として名を馳せ、
    同時に、刀剣愛好家として比類ない名声を博した人です。

    その蔵刀数は、ゆうに1,000点を超え、
    いずれも稀代の珍品ばかりだったといいます。
    刀剣会では、よく山本氏の蔵刀が貸し出されていました。


    さて山本氏、「木曜会」という鑑刀会を組織し、
    その会員は、安場男爵、田中次郎(日本石油)、
    肥後八次(逓信社)、多田正雄(勧業月報社)など、
    「刀剣界の天狗連」といった人々だったそうです。

    木曜会では毎月1回、例会を開催して、
    判者には、当時著名だった本阿弥光遜という鑑定士を招き、
    数々の名刀を鑑定刀として出品していました。


    あるとき、「備前兼光系」の「倫光の短刀」が出品されました。
    その様相を、記事に基づいて示すと、


    「長さ9寸4分の平造り、行の棟、彫物は表倶利伽羅裏梵字二個、
    地鉄小板目美しく、刃文は匂いの深い、五(ママ)の目の乱れ」


    というもので、素人には何だか分かりません。
    細谷さんの助けが必要です。


    まあ、ともかく、当日の出品中の白眉だったため、
    山本氏はヨダレが止まらず

    「金は惜しまない! 何とか手に入らんか!」

    と、本阿弥さんに詰め寄って相談しましたところ、
    当の本阿弥さんは、

    「持ち主ともよく相談しまして……」

    と、なぜか歯切れの悪いご回答。

    そこで、山本氏が一足先に帰ったところを見計らい、
    事情を確認してみると、山本氏が垂涎して欲しがった倫光は、
    なんと、山本氏自身の蔵刀だったというじゃありませんか!

    買ったこと、すっかり忘れちゃってんだね。
    山本さん、お茶目な人だ。


    まあ、山本さんには、自分の刀を鑑刀会に出品しておきながら、
    自分でその刀の鑑定を失敗したというエピソードもあるから、
    さもありなんなのですが、茶目天狗どもは承知しません。


    「こりゃオモシロイから、一芝居打とうぜ」ってなもんで、
    「法外な高値で売り付けて、その差額で飲もう」とか、
    「逆に安く売って、儲かった分でおごらせよう」とか、
    茶目っ気たっぷりの相談が飛び交うことになりました。

    結局、本阿弥さんを交渉委員に選任し、一切を任せることに。


    そうとは知らない山本氏。見染めた女の返事を、
    今か今かと待つような、苛立たしい心で待っていると、
    本阿弥先生、ぬからぬ顔をして山本家へ参上。

    商談はするすると進んで(当たり前ですが……)、
    千円で手打ちとなりました。

    念のためですが、当時の「千円」です。

    「総合卸売物価指数統計」によれば、
    この記事の書かれた大正11年は「1.267」で、平成26年が「735.4」。

    企業物価指数として735.4÷1.267=580.4だとすると、
    約580倍の貨幣価値だから、
    1円=580円。よって1,000円=約58万。

    しかし、庶民感覚として「消費者物価指数」に配慮し、
    2倍の計算で考慮すると、約116万円ってことになります。

    よって現在的な価格としては、
    58万~116万ぐらいで買った、という感じで、
    計算が合っているかも含めて、大雑把ですみません。


    いま、「銀座長州屋」さんを始めとした刀剣販売の各サイトで、
    「短刀」のところを拝見すると、価格帯として、
    58万円は下限より少し高めに、116万は上限より少し安めに、該当する。

    だから山本氏も、現在価値としては振り幅があるけれど、
    それぐらいの値段で買ったのでしょう。


    さて、自分の短刀を自分で買った山本氏が、
    後生大事に蔵の中に戻して……

    というか、精確には、

    自分で購入した刀剣を、蔵から出して木曜会に陳列し、
    自分で買った刀剣ってことをすっかり忘れて是が非でも手に入れたくなり、
    100万くらいで再び自分で買って、それを蔵へしまい直してから、3か月。


    休会を経て、丸の内の鉄道協会で「秋の初会」を開くことになり、
    その席上で盛大なネタばらしをして(だからお金は返すことになるため、
    結論としては)山本氏がタダで儲けた千円を、
    (でも1回支払って、無い金も同然なんだから)即座におごらせようと、
    会員どもが手ぐすね引いて待ちかまえていたところ、



    「山本さんは何も知らず、新潟へ出張しました」



    とのオチ。

    茶目連の陰謀は、かえって裏をかかれ、
    この勝負は、お預けとなったのでありました。


    昔の『朝日新聞』というのは、こういう話をホイホイ載せてて、
    現在の「文春砲」じゃないけど、大衆向けの新聞メディアだったことを、
    今一度、思い出させるものです。


    実はこの頃、日本刀を使った強盗や窃盗、殺人が横行していたり、
    女子学生や警察官が、日本刀で自殺する話もあったりで、
    現在のアメリカにおける銃社会みたいなノリで、
    日本刀を使用した事件が多発し、紙面を賑わしていました。

    そんななか、こんな平和な刀剣エピソードもあったのですが、
    いつの時代も、セレブは庶民とかけ離れたところにいるものですね。


    〔参考・引用〕
    ・「山本さんに銘刀税」
    (『東京朝日新聞』大正11(1922)年9月29日、夕刊、2面)
    ・統計局ホームページ
     http://www.stat.go.jp/
    ・銀座長州屋ホームページ
     http://www.choshuya.co.jp/
     ※ほか、日本刀販売サイト。いずれも閲覧日は2017.9.11


    (文責:早乙女)

  • #76

    稽古のつまみ第37.5回(番外編:実用刀のこと、その3) (月曜日, 11 9月 2017 11:07)

    玉ちゃんの蘊蓄、最終回です。


    玉の文章を読んでいて、改めて思うのは、
    いわゆる鑑定品として大業物、業物、という評価ができても、
    それらは、実用性の評価とは、まったく一線を画していて、
    その中には、曲がったり折れたりする可能性を孕んでいるものもある、
    という、厳然とした実用主義に貫かれていることです。


    だから、実用刀として選択したいのであれば、
    いかに作品として美術的価値が高くとも、
    それらは選ぶに値しない、ということなのです。


    ものの見方、というのは実に多彩で、
    ことわざにも「十人十色」とあるごとくです。

    また、ここまで「実用性」「実用的」と書いてきましたが、
    日本刀における、その「実用」の定義さえも、
    時代や要求によって変遷している。

    戦時中における日本刀の「実用性」とは、
    明らかに、いかに効率よく敵を切断できるか、
    ということです。


    しかし、現代社会においてみる日本刀の「実用性」は、
    有事に際して人を殺めることとイコールかと問われれば、
    肯じがたい側面があることは否めません。

    ましてや、常に仮想敵を先制攻撃したいという暴力的な妄想を、
    手っ取り早く叶える要素を兼ね備えているという意味でもない。

    さらにいえば「実用性」が必要かどうかさえ、
    見直されてしかるべきところなのです。


    日本刀は、常に日本刀でしかありません。
    AIを備えて、自分で動き、自己を主張するわけでもない。

    ルービックキューブが、手に取った人によって、
    その姿や形を変えるように、意志のない物体の価値を定めるのは、
    その物体そのものではなく、常に人間の側です。


    よって、玉によって「実用性の廃物」と見做されたものが、
    即座に美術的価値を失うかというと、そういうことではない。

    また、長い年月を経て、仮に実用性もなく、そして美観を損ねた日本刀でも、
    史料的、研究的な価値は温存され続けるわけです。


    だから、玉は見当はずれな人物だと、
    「現代」に立脚して非難したり、物笑いにすることこそ、
    大きな的外れであって、日露戦争当時という時代背景も考慮しながら、
    当時の新聞投稿の性格にも配慮して、玉の主張に耳を傾ける必要がある。

    その意気込みで、玉の講釈のラストを見ていきましょう。


    最上大業物と号する作品で、鉄性はよいものでも、
    あまり火加減の強い作は、折れやすい。

    火加減が強すぎるかどうかを判断する場合、
    「刃文」が「大模様」で、
    「荒錵附(あらにえつき)」がいかにも派手に見える、
    という部分を見るんだそうです。こういうのは折れやすい。


    そこで、実用的=折れにくいという観点からは、
    「中細直刃(なかぼそすぐは)」が安全だ、と。

    しかし、反対に火加減が足りない作は、曲がりやすい。


    曲がらず、折れず、火加減が程良いもので、
    地鉄(じがね)も刃味も優れていて、
    格好・釣り合いが自分の手頃であり、
    おまけに刃文も至極見事なものこそ、大銘なのだ、と。

    でも、そんなものは、なかなか手に入らない。

    だけど、『懐宝剣尺』に掲載された刀工のなかには、
    業物なのにも関わらず、それほど賞美の声が高くない人も多い。

    だから、刀剣屋でも価格が安いし、場合によっては、
    「盲目売買屑屋古鉄屋(めくらばいばい・くずや・ふるがねや)」の手に落ちた、
    不運な刀もあるから、それを救出して遠征する勇士たちの腰に佩かせるのは、
    実に愉快痛快じゃないか、と玉ちゃんは述べています。


    さらに玉は

    「刃のすがれた正宗は釘に如かず」

    ということわざを引き、釘は常に実用的だけど、
    老朽化して歯が落ちた正宗は、物の用に立たない。
    人間の元勲とは異なり、刃のない刀など戦場の用には向かない。
    これらは由緒つきで、代々の宝物とする資格はあるけれど、
    老朽した正宗など、実用刀として推挙することは出来ない、と言います。

    そして、実用的な刀を選びたいのであれば、古刀ではなく、
    新刀や、新々刀を選ぶことが、便にして有利なんだと、締めくくります。


    人との対話でも、理性で振る舞うか、感情で振る舞うか、
    高校球児であれば、敬遠するのか、真っ向勝負するのか。
    柔道で言えば、ポイントでもいいのか、一本を狙うのか。
    フィギュアスケートなら、技巧面なのか、芸術面なのか。
    古武道であれば、技の鍛錬か、心の鍛錬か。


    常に迷うところであり、意見の分かれるところであり、
    両者にも言い分があれば、個々の中にも、また言い分がある。


    さて読者諸氏のみなさまは、
    このような玉、こと、「た、ま、」さんの一家言、
    どのように受け取られましたでしょうか。


    〔参考・引用〕
    ・た、ま、著「実用刀(四)」
    (『東京朝日新聞』明治37(1904)年3月18日、朝刊、7面)


    (文責:早乙女)

  • #75

    稽古のつまみ第37.5回(番外編:実用刀のこと、その2) (月曜日, 11 9月 2017 10:57)

    教えて玉ちゃん!
    実用刀って、どんなもの? の第2回です。
    玉ちゃんが分からない方は、前回をお読みください。


    玉に拠ると『懐宝剣尺』(柘植方理編、寛政9〈1797〉年刊)、
    という書物があるそうで、旧幕府の山田吉睦・須藤睦済なる人物が、
    代々の職務として多くの刀剣を取り扱ってきた結果、
    古今の作品を、次のような四等に分割した、と言います。

    1.最上大業物(さいじょうおおわざもの)
    2.大業物(おおわざもの)
    3.良業物(りょうわざもの)
    4.業物(わざもの)

    そこには、刀剣と、作銘が、ズラズラーっと載っているそうですが、
    ここに全部載せても、マニアックな人しか見てくれないと思うので、
    最上大業物(一等)だけ、列記しておきました。

    秀光 長船
    興里 長曽禰
    長幸 多々良
    中吉 陸奥守
    助広 大阪初代
    国包 初代
    兼元 初代二代
    忠吉 初代
    興正 長曽禰
    長道 初代
    正家 三原□(←つぶれて読めず)永
    元重 長船

    左が刀工名で、右が苗字とか何代目ということになるのですが、
    一等に選ばれたのは、わずか12工です。

    そして、なんでこういうランク付けが出来たのかについても、
    この本には、説明がされているようです。


    刀を造るときには、火加減の過不及が何より大切で、
    地鉄(じがね)がよく締まっていても、
    火が強すぎると、刃は毀れ、折れやすくなる。
    また、(火加減が?)弱い刃は、折れ曲がりやすい。
    こういうのは「業の無いもの」とされる。


    よって業物は、すべて火加減が程良く調っていて、
    「匂い」「味」がよく「ニットリ」とした「刃心」で、
    「土壇を払うとき、落口が速く」、あたかも水を打つごとく切れる。


    で、ここからが、ちょっと「エグイ」描写になるので、
    スプラッター映画とかが苦手な方は、
    読み飛ばしてください。



    ------------次の点線部まで、閲覧注意!--------------






    土壇を払う、というのは、
    罪人の死体を切るときには、「土壇」という場所に両手を挙げて寝かせ、
    代々、試し斬り専門の流派の人(山田流とか)が斬ったわけですが、
    3人まとめて斬ったときは、「三つ胴 土壇払い」などと言ったそうです。

    落口は、瀧なんかの水が落ちるときの口を言うので、
    刀が人の体にすっと入ってから、抜けるまでが速い、
    すなわち、よく切れる、ということを表す言葉でしょう。

    20歳前後の若者の胴骨は、案外柔らかいもので、
    これは尋常の刃味のものでも、簡単に切断できるとか。
    だから、これを切ったからといって、業の最上とは言えない。

    40~50歳の、普段から荒わざをなして、
    骨組の太くたくましい者で、「乳割」以上の、
    かたいところを切っているのに、
    落口が速くてよく通るものや、少し手ごたえがあっても、
    それを見事に切り落とすものが、業の最上なんだ、と言います。

    ちなみに「乳割」とは、「一の胴」ともいい、
    両方の乳首を一直線に結んだ「二の胴」というラインの、
    すこし上を平行に走るラインのことです。






    ------------上の点線部内は、閲覧注意!--------------




    刀の「刃肉」が薄いと、切れ味がよい刀でも毀れやすく、かつ折れやすい。
    逆に厚すぎると、火加減が申し分ないのに、物が切れない。
    そこが格好釣り合いということのようです。それで分類した、とのこと。


    玉によれば、『懐宝剣尺』のランキングを見ると、
    業物とされるものは、すべて慶長(1596-1615)以後の「新刀」で、
    応永(1394-1428)前後の「古刀」はあまり数がない。


    玉は、このことに何らかの意味を見出したようで、
    『懐宝剣尺』に「古刀については、今、世の中に出回っているもののうち、
    武士が帯びるのに適したものは、ランキングに入れた」とあることから、


    「じゃあ、ランキングにない古刀は、武士が帯びるのに堪えない、
    ってことなのか。それとも、試し斬りをしてないからか」と勘繰っています。

    その上で『懐宝剣尺』には、次のようなことが書いてある、
    と玉は紹介していますが、長いので私で勝手に概要だけ記すと、


    古刀でも、形が枯れていて、刃が弱っているのは、
    たとえ優れた業のある作品でも、武用に立たない。
    たまたま新刀のように、刃の強いものも残っているけど、
    だいたい贋物だから、ちゃんとした鑑定をして判断すべきだ。
    また、新刀でも、4~500年経てば、業物の名を失うだろう。


    ということです。

    『懐宝剣尺』を作った人たちは、「老朽刀」というのは、
    絶対に戦場では実用性がないとみなした。

    玉によれば、古刀というのは、別の意味で「老朽刀」なのだ、と。
    だから実用上から見ると、古刀はほとんど「廃物」に属しており、
    10あれば1か2ぐらいは実用に堪えるものがあるけど、
    実用性がない以上は、武士も読むかもしれない刀剣書には載せられない。

    このように推測しています。そして、


    「尊古卑新」の頭脳に支配されてしまった人々にとっては、
    「新刀だって、研磨を重ねて何百年もたてば、
    やがては老朽刀となり、業物の名を失う」という指摘は、
    嫌な感じを受けるだろう、


    と、慮りながらも、


    本当に刀剣の実用性というものを論じようとするときは、
    老朽を棄てて、健全なものを取らなければならない。


    と訴えるのです。

    この時代、日本刀について、
    実用性という見地から解釈するというのは、
    このような姿勢だったのです。


    〔参考・引用〕
    ・た、ま、著「実用刀(二)」
    (『東京朝日新聞』明治37(1904)年3月15日、朝刊、7面)
    ・た、ま、著「実用刀(三)」
    (『東京朝日新聞』明治37(1904)年3月16日、朝刊、7面)



    (文責:早乙女)

  • #74

    稽古のつまみ第37.5回(番外編:実用刀のこと、その1) (月曜日, 11 9月 2017 10:55)

    本日も、アクセスありがとうございます。


    多くの読者諸氏がお目通しくださっているかと存じますが、
    当会のサイトでは、講師の細谷さんによって、

    「刀剣展示室」
    「日本刀あれこれ」

    という2つの側面から、
    刀剣に関するレクチャーが行われています。


    日本刀を勉強する機会なんて、そうそうないので、
    拝読していると、とても面白いですし、
    本物を見抜く「審美眼」というのが、
    単なる「勘」ではなく、確かな知識で養われていくんだ、
    ということを、改めて知ることができます。


    さて、そんな細谷さんの影響もあって、
    自分でも「日本刀について書くぞ!」と出来れば良いのですが、
    トーシローが生半可な知識で手を出すと、
    返す刀の鋭い切れ味で、スパッとやられてしまいそうで、
    おいそれとは右手も左手も出せません。


    そこで、細谷さんの後塵を拝すことは相当に難しいけど、
    プロの人にお願いして、全部その人の責任にしちゃえば、
    こりゃ楽だわい、ということに気付き、
    黄塵にまみれる方向で、刀剣について記してみたいと思いました。


    それに、分割して扱えば、しばらくネタにも困らないし、
    自分で考える手間も省けて、チョイナ、チョーイナ、
    という下心丸出しであります。


    さて、このブログではすっかりお馴染みとなった、
    明治時代の『朝日新聞』には、「た、ま、」というペンネームで、
    刀剣に関する投稿を何度も行っていた方がいらっしゃいました。

    素性は分かりませんが、明治期の刀剣品評会などに、
    足しげく出席され、あれがいい、これはだめ、という、
    まさに審美眼を披歴されていた人物で、
    たぶん古株の刀剣鑑定士のような方だったと推察されます。

    その「た、ま、」さんが、『朝日新聞』に「実用刀」と題して、
    第1回~第4回まで、シリーズで投稿されていますが、
    ここで紹介するのは、その投稿のうちから、
    自分が面白いと感じたところを、摘録したものです。

    当会で、いつか真剣を扱うことになるかも知れない皆様に、
    また、木刀で稽古しながらも、気持ちは真剣を扱っているわけですから、
    刀の実用とは何か、ご一緒に「た、ま、」さんから学んでいきましょう。


    といっても、時代は明治。
    御一読される皆様は、そのことを十分、注意しつつ、
    御目通し願います。



    た、ま、さん(以下、「玉」と略記します)に拠れば、
    刀には、「実用を主とするもの」と「美観を尊ぶもの」の、
    2種類がある、といいます。

    そして、実用刀というのは、次の資格を持つものに限るんだ、
    と述べています。


    1)切れ味がよいこと
    2)折れず、曲がらないこと
    3)釣り合いや格好が正しく造られていること


    また、佩用者(はいようしゃ=刀を身につける人のこと)は、
    刀の長短や、刀の軽重など、すべて自分の体格に相応するものを、
    ちゃんと選択することが必要だよ、といいます。


    ちなみに、何でこんな記事を玉が書いたのかというと、
    今まさに刀を購入しようとする人だとか、
    すでに刀を帯び、遠征に従軍する人のためだ、ということで、
    後者は、実に時代を偲ばせる理由ですね。


    玉の頃には、すでに「手頃のものを佩用」という風潮があったようで、
    いま風に言えば、量産品を身につけるようなことはダメだと、
    玉は言いたかったんだと思います。

    そして、僕がいうところの「量産品」というのは、
    玉のいうところでは、軍隊の洋刀(サーベル)なんですよね。


    実はこのころ、軍陣に臨む軍隊の人というのは、
    サーベルの中身を差し替えたりするために、
    日本刀の中で実用性のあるものをチョイスする、
    ということをしていました。

    それは、サーベルが折れたり、曲がったりしやすく、
    実用に堪えなかったからですが、しかしその扱いについて、
    あえて悪く言えば、日本刀というのは、洋刀の替え刃に過ぎない、
    ということなのです。

    当時、遊就館(靖国神社境内の宝物館)では盛んに刀剣会が行われ、
    玉も、これに出席し、その状況を『朝日新聞』に投稿していましたが、
    ここで刀剣の鑑定を来る人というのは、何本も刀を持ってきて、
    「このうち、どれが実用に適しているのか知りたい」というものが、
    ほとんどだったそうです。


    軍人というのは「皇軍の必勝を期して」、死をもって国に酬いる、
    という覚悟ですから、「羅紗服、毛皮の類を貫く」ことができ、
    骨にあたっても折れたり曲がったりしない、
    豪胆な軍人が安心して、おくれを取らずに使える刀が求められたのです。

    ちなみに、何で「毛皮を貫く」なんて話が出てくるのかというと、
    この記事が書かれたのは明治37(1904)年ですから、
    日露戦争の只中ですので、シベリアでのロシア人との戦闘を、
    念頭においているのだと思います。


    ところで、最初の「実用刀」の三条件に戻ると、
    3つの条件を満たさない刀剣は、
    いわゆる「鈍刀(なまくら)の部類に属する」と玉は言います。

    一方で、この3つの条件を満たしたとしても、


    甲)すこぶる完全なるもの
    乙)やや完全なるもの
    丙)ある欠点を有するもの


    など、細かい区別がある、と。

    そこで、玉みずからが、大体の上において、
    実用刀として久しく信用がある刀剣を紹介しよう、
    という運びになるのですが、これは次回。

    〔参考・引用〕
    ・た、ま、著「実用刀(一)」
    (『東京朝日新聞』明治37(1904)年3月14日、朝刊、7面)


    (文責:早乙女)

  • #73

    稽古のつまみ第37回(変幻自在の剣術:その4) (金曜日, 08 9月 2017 11:31)

    前回は白熱してしまい、燃え尽きたような終わり方でしたが、
    ひとつ書きの文章自体は、まだまだ終わりではありませんので、
    続きを読解していきたいと思います。


    ===============

    然(しか)れば形を使ひそんじたるが恥と思ひ、使ひかけたるにて使なほさんより、無法の太刀にても、即座に間に合せたるこそ恥に非(あらざ)るなり、表は皆勝負なりと心得べし

    ===============

    そうであれば、形を使い損じたから恥だと思って、
    使いかけて「やっぱやめよ」と途中で習ったやり方に戻すよりも、
    無法(=型に従わない)の太刀であっても、即座に間に合わせることは、
    決して流派の恥ではない。「表」に関することは、
    すべて勝ち負けに関することであると心得なさい。


    この章段の最後の部分は、こんな訳文になります。



    「表は皆勝負なり」という最後の一文がちょっと分かりづらいところですが、
    「表の型」で稽古している内容は「勝ち負けのあり方」を学ぶことであり、
    実戦は「いかに生き残るか」って話になるので、全然次元が違うわけです。


    型で学ぶ限りは、いろいろな理合があったとしても、
    こうすると勝ち、こうすると負け、というパターンやあり方、
    こういう場合は中心が守れてないとか、それじゃ手首を打たれるとか、
    いわゆる「勝ち負け」のことを学んでいるわけです。


    でも実戦では、どうやって「生き残るか」ということに主眼が置かれ、
    そこでは、生き残るための理合なんてないし、時の運になることもある。

    変な譬えですが、自分の中心が守れず手首を切られても、
    そのとき打ち出した刀が相手の首を捉えて、自分は辛うじて生き残るかもしれない。

    巡り合わせもあるし、どんなに想定しても、思わぬ太刀筋は繰り出されるし、
    場合によっては刀で戦うと見せかけて、まったく別の手段で来るかもしれない。

    闘いの場における動きは、
    いつだって無限の可能性をはらんでいるわけで、
    自分と相手(複数の場合もある)の間に、天と地ほどの実力差でもない限り、
    月並みにいえば、勝ち負けなんて、どっちに転ぶか分からない。



    それでも普段から「表の型」として、一定の形を懸命に稽古するのは、
    来るべき応用の瞬間に、やたらめったらな体捌きで隙だらけになるのを防ぎ、
    平たくいえば、落ち着いて、稽古で学んだことを発揮するためであり、

    より直截的にいえば、自分が死ぬ確率を高める動きではなく、
    やられない体捌きで、変幻自在に対応していくことによって、
    少しでも、生き残る確率を上げていくためです。


    よって、ここでいう「自在」とか応用は、基礎が出来た上のものであって、
    あれほど学んで、最後は力技ってんじゃ、変幻自在とは言いません。

    同様に、自分でも何やってるのか分からないタコ踊りみたいになって、
    ラッキーヒットで偶然、一過性の勝ちを得る、ということでもありません。


    それを生き方に適応していくというのであれば、
    月並みばかりで恐縮ですが、個が尊重され、様々なライフスタイルがある世の中で、
    他者を尊重しつつも、土台と軸のある自己主張が伴った、
    臨機応変な生き方をしていく、ってことです。

    たまたま1回の営業で大ヒットして、がっぽり儲ける、
    なんて「スーダラ節」みたいな話が、恒久的に通用しないなんてことは、
    地道に、まっとうに働いてきた方なら、痛いほど分かっているはずです。


    また、しっかり「表の型」を身につけておけば、
    相手の動きの出来・不出来が「見えてくる」わけで、
    自分より格が上か下かなんて、おのずと察知できるようになる。

    そうすれば、不用意な喧嘩や因縁をふっかけることもないでしょうし、
    逆に、自分の身体の恐ろしさを理解しているのだから、
    不必要に見せびらかして誇示したり、他人を威嚇することもない。


    これまた月並みですが、自分の正しい身の丈を知り、
    相手の実力や人間性をしっかりと見極める眼をもって、
    誠の敬意、誠の友愛、誠の寛容をもって、他者と接するということです。



    40も過ぎたいい大人が、自分勝手にやってたらどうなるか、
    ちょっと想像するだけでも、結果は見えている。

    この時代にあって、敢えて古流の剣術を目指すからには、
    自分の生き方に、稽古で学んだことを還元していかなければ、
    何だか「スーダラ武士」みたいで、あまり学ぶ意味はないのかもしれません。


    そんなふうに、自戒に自戒を重ねたところで、
    稽古のつまみ、また次回、お会いしましょう!


    (文責:早乙女)

  • #72

    稽古のつまみ第37回(変幻自在の剣術:その3) (金曜日, 08 9月 2017 11:21)

    本日も、アクセスありがとうございます。

    前回からの続きとなります。


    ===============

    然(しかれ)ども人の手足の進退不思(おもわざる)の変ある者、これは必(かならず)其(その)変応を予(あらかじ)めするとも、之(これ)無きも多し、其(その)ときは己が心に随(したがっ)て即応すべし、此(この)即応のわざ、流儀の形にあらずとて恥と思ふ者は、還(かえっ)て流儀の意を知らざるに似たり、本形の起(おこ)ること変応の為(ため)なれば、不思(おもわざる)の変に、不定(さだまらざる)の刀を以(もっ)て勝つこと、大(おおい)に尚(たっと)ぶ所なり

    ===============

    これを意訳してみると、次のようになります。


    しかし、人の手足の進退では、相手が思わぬ変化をするものがあって、
    これは、かならずその変化への対応を予測しているといっても、
    それを上回った、想定外の動きになることも多い。


    そのときは、自己の心に従って即座に対応すべきだ。
    この即座に応じる技について、流儀の形ではないからと恥じる者は、
    却って流儀の意味を知らないのと似ている。


    型について「本形」というものが起ることは、
    変化への対応のためで、思わぬ変化(想定外の動き)に、
    形の定まらない刀術をもって勝つことは、大いに尊ぶところである。


    と、こんなような文章です。


    稽古のときには、ある「型」を学んでいくなかで体を作っていきます。
    だからこそ、教わった「型」を絶対視してしまうと、
    どのような理屈で「型」を身につけても、その想定の動きしか出来ない、
    ということもあるかも知れません。


    しかし、人の心は千差万別です。
    だから、どういった刀術で相手がやってくるか分からない。


    そのさい「わたしの学んだ型こそ最高!」なんてやっていると、
    たとえある程度「こんなことがあるかも」と予測を立てて対応しても、
    自分が学んだ「型」に執心したり、信奉したり、絶対視しているかぎり、
    他の刀術で応じるのは「恥じゃないか」と思ったりして、
    目指す「型のない形」で変幻自在・千変万化に応じることが出来なくなる。


    これは、技術として出来ないというよりも、
    自分で自分の心に「錠前」をかけてしまうということでしょう。

    たとえ「右から来たら、左に変化して応じる」と始終稽古してたって、
    本当の実戦でも、かならずこうじゃなきゃダメだ、という話ではない。
    まさに「型は実戦のひな型ではない」ということなのです。

    現実の戦いの場に「これはこうしましょう」という「ひな型」なんてない。
    隙があるなら、右と見せかけて下から打ち込んでくる人もいるし、
    足元の砂を蹴り上げて、目をふさぎ、滅多打ちにしてこようと企んでいるかも。


    こういうのは、一定の「型」でどうこうする、という話じゃありません。
    要するに、型の「基礎」と「応用」であって、基礎はあくまで基礎であり、
    それが絶対ということじゃない。いくらでも応用が利くし、
    むしろ積極的に利かせて、何とか生き残っていかなければならない。


    だから、相手が予想外の動きでやってきたら、
    即応した方法が、流儀のやり方には悖る刀術での対応になるかも知れないけど、
    実際には、こちらも相手も「生き残る」ために戦うんだから、
    綺麗ごとが通用しないときだってあるわけです。



    だからこそ、「本心を練る」ということを日ごろからすることで、
    無益な殺生をしないとか、みずから危険に近づかないだとか、
    あるいは、自分が危険な人物にならないようするとか、
    そういったことが大事になってくる、ということだと思います。


    そこらへんのことに思いを馳せず、考えも至らないままに、
    「本質的には卑劣な方法で人を殺してもいいんだ」とか、
    「剣術は究極的には、自在に人殺しをする技なんだ」とか、
    「生き残るためになら、何してもいいのが剣術の奥義なんだ」とか、
    そんなことを平然と主張して憚らない奴は、ただのバカです。


    そんなことを、あたかも正論のように主張するんだったら、
    このピストルだのマシンガンだのがある時代において、
    なんで古流の剣術なんか学んでるんだ? ってことになる。
    さっさと古武道の道場なんか出てって、どっかの軍隊に入りなさい。
    というのが、僕の率直な感想です。


    形は不定で、流儀の教える刀法では無いもの(=無法の刀)でもいいけど、
    人間として「無法者」でもいいって話じゃない。


    今という時代において『常静子劔談』を読んで何かを学ぶなら、
    どうやって危険から離れ、自分を律して人と付き合うかを考えるならともかく、
    戦時中じゃあるまいに、陰惨で破壊的なことばかりに思いを馳せてどうするんだ、
    ということだと思います。


    (文責:早乙女)

  • #71

    稽古のつまみ第37回(変幻自在の剣術:その2) (金曜日, 08 9月 2017 10:58)

    当会へのアクセス、ありがとうございます。


    前回は「理合」の話ばかり、
    つらつらとしてしまいました。


    今回はきちんと『常静子劔談』の勉強会、続きです。


    ===============

    一、総(すべ)て表を使ふに、使ひそんじたるとき、其(それ)を使ひ直す事あり、是(これ)は其(その)表の形にせんとて為(な)る事ゆゑ、尤(もっとも)なる事成れど、此(この)心こそ劔術の真の心に非(あら)ず、其(その)故は、変に応じて自在なるこそ願ふ所なり、因(よっ)て表には各(おのおの)其(その)変あり、之(これ)を知らざれば劔を学ぶの術にはあらず

    ===============

    この章段はとても長いので、分割して紹介していきます。



    剣術においては、すべて「表」(オモテの型?)を使うときに、
    使い損ねたときは、それを使い直すということがある。
    これは、その「表の形」にしようとして、
    無理に「型どおり」にしなければ、とする態度のためだ。


    その考え方はもっともなことだが、
    この心は剣術における真実の心持ちではない。
    なぜかといえば、変化に応じて自在であることこそ、
    当流の剣術で目指すところだからである。


    よって「表」には、おのおの、その変化というものがある。
    これを知らなければ、剣を学ぶ術ではない。


    とまあ、こんな感じの文章のようです。



    剣術を学んでいると、「理合」というものが様々にあって、
    ある1つの「型」にも、このやり方、あのやり方、と何通りかあります。
    少なくとも「こうしなきゃ不合格」というものが、あるようでない。


    あるように見えるのは「体がねじれてる」とか「腰が回転してる」とか、
    そういう身体の運用や、体捌きのあり方についてであって、
    型の「運び」のようなものについては、必ずこうせよ、というものがない。


    最初のうちは、この区別が分かりづらくて、おまけに、
    こちらの成長段階に即して、講師の教え方も変わっていくもんだから、
    「前はこうしろって言ってたじゃん」ということが、よくあります。


    このあたりを、自分の心と頭で、
    しっかりと調整して、講師から「今の自分に」何が要求されているのか、
    何が不足し、何が出来ているのか、整理することになります。


    そういった「稽古体系」や稽古場にいる「仲間」とどう向き合うか、
    あるいは「過去・現在・未来の自分」と向き合う姿勢が、
    結局、自分の「本心を練る」という行為と近似してくる。


    たとえば、どんなに技や型が上手でも、
    「この人のときはニコニコ、この人のときはブスー」という態度じゃ、
    根本的な差別する心が丸出しで、到底「本心を練れている」とは見做しがたいし、
    そんな人は「この人は出来てる、この人は出来てない」とか、
    「この人は上手、この人は下手」という心内での比較が絶えないと思います。


    静山が示唆するように、剣術は「自在」が最終形態なのだから、
    この型が絶対善だとか、この型が最も正統、というものは根本的にない。

    ゆえに「こっちが上手な自在で、こっちが下手な自在」というのも、
    目指す「自在」が叶っていれば、無意味で表面的な区別・差別だと分かります。


    あるいは、剣術のごとく、自分の心が自在になっていけば、
    相手としてどんな人間が稽古相手になったとしても、
    それこそ、自在に対応できるようなになるのだと思います。


    (文責:早乙女)

  • #70

    稽古のつまみ第37回(変幻自在の剣術:その1) (金曜日, 08 9月 2017 10:49)

    古武道を学んでいると、稽古にまれ、書物にまれ、
    しばしば「理合(りあい)」という言葉を耳にします。


    「理合」とは、その漢字が示すとおり、
    「道理に合う」ということを意味する言葉と解しておきます。

    たとえば「型」を学んでいるときに、
    なぜ右手を使わずに、刀を鞘から抜いていくのか、
    なぜそこで左半身のみを使っていくのか、
    なぜそのとき浮きあがって両腕を開いていくのか。

    それらに、理屈や道理をつけていくときの、
    その道理そのもののことを「理合」と言っている。

    とくに居合における「型」というものは、
    シャドーボクシングよろしく「仮想敵」が想定されているとともに、
    実践の雛型とは一線を画して、型の動きに意味を持たせている。
    そうでなければ、「型」は、名のとおり形骸と化すからです。

    同時に、実践の雛型ではないのは、
    そんな「型」どおりの戦いは、現実的に皆無だからです。


    それでも「理合」を学ぶのは、それらが希求する「意味」にこそ、
    その流派が、開祖の代から引き継いできた、宗教でいう「法統」、
    口伝や師伝と称して、脈々と受け継がれてきた「本質」や「道」、
    連綿と紡がれたそれらが、ギュっと詰まっているからです。

    そうして、そのことが、身体の差異を乗り越えて、
    ある種の「同質」なことを、損なわずに伝え続けている。


    師匠が150cmの方でした。
    でも、もっとも師の教えを受け継いだのは180cmの人でした。
    だから本質も変わりましたよ、ってことはない。


    だからといって、師伝や口伝が一言一句、一切合財、
    開祖の築いた世界と同一かというと、
    そんなこともまた、ないと思います。

    なぜなら、同時代的に「別の流派」は有象無象に存在するのであり、
    どのような流派でも、それらに馴染み、頭を垂れて学んできたはずだからです。

    現代だって「システマ」などが誕生し、彼らから大いに学ぶところがある。
    たとえば「テンションなく刀を持つ」なんてのは、
    今まで表現が難しかった部分を、分かりやすくほぐしてくれたところがある。

    他流と呼ばれる存在が、ふと乗り越えていくところや、
    感覚的な部分を、明確な言語で具現化してくれたならば、
    きちんと謙虚に吸収して、こちらも研鑽と創意工夫を重ねなければ、
    きっと「俺たちこそ宗家!」「我らこそが正義」という驕慢を振りかざし、
    伝統という蓑に隠れた古臭い黴に妄執して、心眼を冒されてしまう。


    『竹取物語』のように、1000年以上前の「古典」と呼ばれる作品が、
    なぜ2017年の現代においても、そのまま「お話し」として通用しているのか。

    それは「古典」というものが、ある一時代における、一過性の、
    その作品が制作された当時の空気や世相だけしかパッケージしていない、
    単なる「遺物」とは大きく異なって、ある普遍性を獲得しているからに他なりません。

    ゆえに、時代がいかに変化しようとも、
    その時代の地面に立って生活する人々が、いかに言語や思想を変化させようと、
    それら個別の事象は、普遍性の前に等しく仰臥し、
    そこから何事かを、個々の現実に照らして学び得る機会を持つ。

    それこそが「古典」であり「クラッシック」なのです。

    たとえば宮沢賢治の「雨ニモ負ケズ」が、
    現代社会においては、生きづらい世の中を生き抜く力であったり、
    理不尽な逆境に屈伏しない精神を授ける言葉でありながら、
    戦時中には、軍国主義の「負けじ魂」を鼓舞する標語として利用された。


    ある普遍性を獲得したときに、作品は初めて「文学化」するのだけど、
    逆にいえば「文学」足りえるものは、何らかの普遍性を獲得しているはずだから、
    古典は、いつの時代も、新しい姿で「古典」としてあり続ける。
    平たく言えば、その時代、その時代の解釈を許容するのです。


    ならば、「古武道」も、ある種の普遍性を獲得しているかぎり、
    いかに時代が変革し、使い手の質が変わろうとも、
    それぞれの使い手に、常に柔軟な教訓・訓戒を与え続けているはずです。

    僕は、実はそれを支えているものが、
    「理合」というものに他ならないんじゃないか、
    そんな風に思うのです。

    『常静子劔談』は、確かに今となっては難しい言葉の集積ですが、
    そこには、現代にも通じる「理合」、すなわち普遍的なものが息づいていて、
    いつの時代の人間が、その普遍性を揺り動かして、何どきに目覚めさせても、
    その時々の人々に通用する、常に古く、常に新しい教訓を授けてくれるのです。


    逆照射すれば、傲慢で居丈高な態度や、嫉妬や憤怒に駆られて、
    「俺たちこそ本物だ!」「偽物は駆逐してやる!」と息巻いて憚らない流派は、
    道統を継承して清廉潔白でいるどころか、利害だの損得だのに囚われ、
    垢穢にまみれた、文字通り、時代に取り残された過去の遺物に他ならず、
    そんなものは博物館の片隅にでも転がしておけばいいと、僕は思います。


    どうしてかって? それは静山さんの『常静子劔談』に、
    自分の流派が、他流より優れているなんて考えるのは未熟だ、
    と書いてあるからだし、そもそも心形刀流は「本心を練る」という、
    本心刀流に土台を据える流派なんだから、利害や損得や敵愾心に執着することが、
    流派の目指した「本心」なわけないだろ、と僕が考えているからです。


    ということで、『常静子劔談』の勉強会の続きを、
    と思いましたが、また長くなってきたので、ここで一端、中断です。


    (文責:早乙女)

  • #69

    稽古のつまみ第36回(平心を目指す) (金曜日, 08 9月 2017 10:11)

    本日もアクセス、ありがとうございます。


    1年ほど前から、私の友人が不妊治療をしているのですが、
    何日も前からホルモン剤を自分で注射したり(薬が体内に入ると痛い)、
    大好きな酒も控えて、朝早くから旦那の弁当も作って、
    第一子を保育園へ送っていき、夕方遅くまで働いて、保育園へ迎えにいく。

    会社員ではありませんが、その仕事のハンパなさを思えば、
    まったく頭が下がります。

    なんでも、たまごの採取に成功すると、ン十万も支払うそうですが、
    それは治療の進展、すなわち次の命を宿した可能性があるということで、
    逆に嬉しいのだとか。この一言だけでも、治療の苦労がしのばれます。


    中山隆嗣氏が、その著書『活殺自在になる』(1998年、BABジャパン出版局)で、
    競技武道と古流武術の違いを認めつつも、
    両者のいずれによっても「活法」と「殺法」の両面から考えることが可能であり、
    かつ、活殺両面の視点から人体や技を見る大事を説いています。

    もちろん、中山氏が指摘するまでもなく、
    江戸時代の剣術の免状などには「活人剣」「殺人剣」の両印に添えて、
    師弟の手形が押されたものなども現存しており、これを鑑みれば、
    活殺の両者をもって一体と成し、以って正道とすることは、
    たとえ武術に携わらずとも、自ずと得心できるところでしょう。


    新たな命を宿すために、文字通り自分の身を削っている友人の姿を慮りながら、
    私は、人体の仕組みとともに、誤って使えば自他を害する技術を学んでいる。
    分かっていたつもりですが、そのことに思わず知らず、ハっとしてしまいました。

    唯に出来た喜びや楽しさに耽溺し、大きな責任と自覚が伴うことを忘れ、
    おいそれと「古武道=殺人剣」を標榜するような愚かなことにならないよう、
    生と死、命と体といったことについて、自分の哲学を持たなければと、
    不妊治療を頑張る友人の小さな姿を見て、一層、奮起したものでした。


    さて『常静子劔談』の続きです。

    ===============

    一、仕合(しあい)をするには、高慢らしく有るは不宜(よろしからず)、夫(それ)とて遜恭(そんきょう)なるは不宜、唯(ただ)平心にして勝負の処を得と胸に思(おもい)て為(す)べし

    ===============

    仕合(試合)をするときには、高慢な態度であるのはよくない。
    かといって遜恭(へりくだりすぎている)もよくない。

    ただ、「平心」(平常心とか、平らかな心持ちということでしょうか)である、
    このことが勝ち負けのところを得るものと、胸に刻んでおきなさい。

    平たく訳せば、このような感じでしょうか。


    これは仕合のみに関わらず、現代行われる古武道の稽古場において、
    相手と向き合い、お互いの身体を借りて稽古をするさいにも通じる教訓です。

    当会では、「じゃあ、2人1組で組んで」という掛け声とともに、
    自由にパートナーを選んで、組み合います。

    僕のようなネガティブなことばかり言っているオッサンとは、
    ふつう、稽古に勤しむ女性は、あまり組みたいと思わないだろうな、
    とか思いつつも、下手にそんなことを表明すると、

    「あのさ、そういうネガティブな自分の心と向き合って、
    変えていくことが大事なんだよ。そのための稽古でしょ」

    とか、あっさりと会長に言われそうですね。

    なんて妄想はともかく、組んだ相手が「オラオラオラ」という人だったり、
    あるいは「なんだ貴様、そんな技もかけられんのかあ?!」という人だと、
    組みたい、組みたくない以前に、それが代表者なら
    「あんた、どうして道場開いたの?」、
    それが会員なら、「君、実社会でも嫌われてるでしょ?」となるのは必定です。

    または、自分が出来ることを鼻にかけて「えー、そんなことも出来ないの?」とか、
    相手を励ますアドバイスではなく、単に欠点を指摘してバカにするだけ、とか。

    さらには「あんた嫌いだから、あんたとは組みたくない」なんていう態度じゃ、
    いわゆる「高慢」の類であり、それじゃ困るということです。
    だって、人間としてダメなんだもん。

    逆に。

    あまりに謙遜や恭順な態度が過ぎてしまって、
    何をやっても「出来ない、劣ってる」というネガティブワードばかりだったり、
    あるいは「俺はもうだめだ。クズだ。豚野郎だ」という感じで、
    どこまでも暗黒面に堕ちる、僕のような態度でも困るのです。
    だって、人間としてダメなんだもん。


    何かしら出来ていることは、素直に、その成長を喜べばいいし、
    何かが出来ないなら、そのことを、どう改善するか質問するなり、
    稽古を願い出て、納得するまで真摯に取り組めばいい。
    要するに、「ふつうにしてればいいじゃん」ということです。


    それを「いえいえ、自分のようなクズは、到底皆様の足の爪の先のゴミの云云」とか、
    何にも自分で考えず、ただ言われたとおり「はい、はい、はい」では困る、と。

    「ああじゃねーのかなー、こーじゃねーのかなー」という、
    自分なりの試行錯誤を、謙虚に、誠実に行うべきであって、
    稽古相手に対しては、一定の礼節を持っていれば、あとは自然体でいいわけです。

    でも、人というのは、老いも若きも、人生経験によって築かれてきた、
    自分の「我」があって、なかなか「ふつう」でいることが難しい。
    他者と比較される場に晒されたりすれば、なおさらです。

    だけど、自分の身体は、自分のものでしかない。
    たとえ、どんなに他人が達人の動きであろうと、
    それは、その人が、その人の身長・体重・筋肉・骨格でたどり着いた、
    そして、その人の精神や頭脳でたどり着いた、その人だけの領域のはずです。

    だから、確かに「型」とか「重心」とか「軸」というのはあるけれど、
    最後にそれを実現するのは、ほかならぬ自分の身体と心なのであって、
    他人の身体と心ではないはずです。

    寅さんじゃないけど、講師が飯を食べたら、自分の腹が膨れるわけじゃない。
    同じ理合で教えてもらっていても、
    自分の身体でしか叶えられないものがあるはずなのです。


    ということで、自分は「出来ている」とか「分かった」とすぐ思わず、
    かといって「何やっても出来ない。自分はダメだ」とか思わず、
    俯瞰的に、冷徹に、自分自身の「体を視て、心を聴く」という姿勢を優先してみる。

    自分の身体や技の前では、いくらでも謙遜していていいだろうし、
    あるいは、目指す高見や目標に向かって「やります、やれます、やってみせます」と、
    いくらでも高慢であっていいと思うけど、
    その牙や、項垂れた首筋を、他人に軽々しく見せてたらだめだよ、ということです。


    身体に「重心」があるように、きっと心にも「重心」がある。
    たとえポジティブでも、やたらにネガティブでも、
    「あんた、いつもそこに居ついてる」という調子じゃ、
    実質的には、自他を理解できないのではないか。

    じゃあ、何もしゃべらず、何も語らず、何もせず、
    何も思わず、何も感じず、でいいのかというと、
    それもまた「仲間」と共に稽古する必要性の根底から揺らいでしまう。


    そこらへんに「本心を練るとは何か」の理解に努めるということが、
    技が出来るとか、身体が柔軟だとか、物事に器用であるとか、
    あるいは、社交的だとか、内向的だとかの前にも後ろにも、
    必要になってくるところなんだと思います。


    では「平心」と「本心」とは、何が違うのか、
    両者の関係は? となると、なかなか奥深い。


    たとえば、「平心」は自分のことだけ、
    だけれど、「本心」は他人も含むこと、
    なんて考えると、ちょっと分かるような、分からないような。


    はい。ということで、なんとなんと、
    漸くにして、活字化された『常静子劔談』の見開き、
    386~387頁に掲載された、静山さんの教え20個の半端な解読が終わりました!

    「やったー!」と思って、終りの頁をみてみたら、


    ……411頁……。


    あと24頁分もあるやないの……OTL。


    (文責:早乙女)

  • #68

    稽古のつまみ第35.5回(自分稽古) (水曜日, 06 9月 2017 10:50)

    本日も、アクセスありがとうございます。


    会長の稽古日誌(No.60)を拝見したところ、
    前回も、またしても面白い稽古があったようで、
    体調不良によって参加できなかったことが、
    実に悔やまれるところです。


    ということで、何にも出来なかったから、
    自分の最近の感じたことでも書きたいと思います。


    まず、日常生活からの改変。


    これは、前々からしていることですが、
    稽古で重心から歩け、といわれるので、
    自宅でも、そのようにしています。

    すると、いかに自分が日常において、
    そういうことに無頓着なまま生きてきたか、
    よく分かるようになってきます。
    もしくは、分かったような感じを得ることができます。


    自分の目の前に、ゴミ箱があったとしましょう。
    そこに、丸めたティッシュでも放り投げようとして、
    右足を前に出して狙いを定めて、っと……。



    はい、ブッブーーー!!!!!
    もうアカン。あんた、もうあきまへんで。


    ご覧よ、その右足重心。右足に思い切り重さが乗っかって、
    左足が浮いちゃってる。駄目。全然駄目!!


    もしこの状態で、誰かに右足を狙われたら、避けきれない。
    あるいは、右足を膝カックンされたら、倒れざるを得ない。
    馬鹿や。ほんまにバカや。



    そうやって自分に凹みながら、
    ちょっと部屋から部屋へ移動してみます。
    気を取り直し、元気よく、右足を一歩出して、って


    ……はい、ブッブーーーー!!!!



    なーんで足から行くの?! 俺!!!
    重心からでしょ! 重心から移動しなきゃ駄目じゃん!!!
    ほんっとバカ! 何度いってもわかんない!!!


    しょうがない。気分を一新するために、
    台所で冷たい水で顔でも洗って、
    きれいに顔を拭いて、さっぱりして、と。


    そんなとき、背後から母に名前を呼ばれる。



    はい、ブッブーーーーー!!!!!


    なんで振り向くの! なんで腰ひねって回転するの!!
    直線で、一文字腰からの、回って回らずでしょ!!!
    というか、呼ばれる前に、気配で察知でしょ!!!!


    こんな調子で、日々、自分と葛藤しております。


    ちなみに。


    最初のゴミ箱のところですが、
    ビジュアルとしては、右足のつま先、膝が、ゴミ箱の正中線をとらえ、
    つま先よりも、膝が前へ出ている状態ながら、
    自分の重心は、右足にかかっていない。

    こういう状態を作り出すためには、
    いったい、どうすりゃええんじゃ、と。


    そこで思いついたのは、
    膝をゆるめる、ってことですね。
    膝をゆるめると、股関節もついでにゆるまりますね。
    ならば、右足だけでなく、左足もゆるまりますね。


    ということは、これ、一文字腰ですね。


    そうなれば、右足と左足、
    両方に重心がかかっているわけで、
    裏を返せば、どちらにも重心がかかっていない。


    いや、居合腰でもいいのかな。まあ、ともかく。


    ビジュアル的には、右足が一歩、前へ出たように見せかけて、
    実際は、ゴミ箱をターゲットにしたまま、一文字腰で、
    軸をたてて、重心が分散しないように、ふっとしゃがむというか。


    そういうことをしているんではなかろうか。


    ならばならば、四太刀で相手に打ち込んでいくときも、
    相手に突撃していっているんだけど、
    前のめりにならないのは、出た方の足に重心がのってるんじゃなく、
    軸のたった体で、膝や股関節がゆるんでしゃがんでいるだけなんじゃないか?


    こういうところに思い至ったわけですが、
    果たして。


    こういった悶々たる思いを、
    仲間というものとともに、稽古で解決していくわけです。


    もちろん、聞くことによって大きな前進をはかってくださる、
    素人の不慣れな思想を、現実の身体動作として指導してくださる、
    古武道に対する、確かな見識と信頼に足る力量がある講師がいるからこそ、
    ある一定の解決がなされていくことは、いうまでもありません。


    (文責:早乙女)

  • #67

    稽古のつまみ第35回(奥に達する三つの道、その2) (水曜日, 30 8月 2017 13:01)

    前回のつづきになります。


    伊庭孝によれば、自身の先祖や父祖のことが、
    講談、浪花節、大衆文芸によって膾炙しているものの、
    謬伝もあって、忸怩たる思いをすることがあるといいます。


    始祖は、江戸へ天和2(1682)年に近江から出てきたといい、
    四目紋を用いた佐々木家の末裔ということです。

    代々、兵法軍学の家で、藤流という弓術の宗家でもあり、
    伊庭惣右衛門の代に剣術をよくしたので、
    江戸に出て心形刀流を創始したらしいですね。


    惣右衛門は、是水または是水軒と称して、
    伊庭家の「剣道の祖」と仰がれる人となります。

    このあたりの経緯については諸説あって、
    いま、牧秀彦『古武術・剣術がわかる事典』で補うと、
    道場名を「練武館」という江戸四代道場にひとつで、
    開祖の伊庭是水軒秀明(1649-1713)は信濃国出身ともされています。


    伊庭孝の記事に、筆を戻しましょう。

    是水は、旗本・大名を含めた門弟三千人という一廉の人物で、
    伊庭孝が記すには、講談や浪花節で「伊庭如水軒」として、
    伝えられている人物であるといいます。

    しかし、中野区沼袋にある「貞源寺」には、「是水軒」とあって、
    こちらが正しい。伊庭孝によると「是水」は「ゼスヰ」と発音せず、
    父親や家の老人らによると「ジョスヰ」と呼称されていたというから、
    この「ジョスヰ」に「如水」という漢字が当てられたのでしょう。
    よって「是水」の正しい発音は「じょすい」のようです。

    なお同寺には「伊庭の小天狗」と称された美剣士、伊庭八郎を含め、
    初代から10代目想太郎まで、伊庭家の墓石が祀られていて、
    毎年5月には、伊庭八郎忌である「朝涼忌」が催されています。


    伊庭八郎は男ぶりがよく、伊庭孝に拠れば、明治37年頃、
    高安月郊の「江戸城明渡」に出たのが文芸に取り上げられた最初で、
    五稜郭で戦死した、この伊庭八郎だけが、
    戦陣において心形刀流を揮った、ただ一人の人だったそうです。



    さて、惣右衛門は、隠士の妻片謙寿斎なる人から教えを受けて、
    それにより「心形刀流」を編み出したといいます。

    再び牧秀彦の本から、このあたりの経緯を摘出しておくと、
    是水は柳生新陰流、天真正伝香取神道流、一刀流を学び、
    最後に学んだのが「本心刀流」でした。

    惣右衛門は、本心刀流の宗家、志賀十郎兵衛秀則(如見斎)より、
    伝書を授かって、後継者としての許状を与えられたといいます。
    牧は「妻片謙寿斎」のことは触れていませんが、
    元は本心刀流であり、それを是水が心形刀流に名を改めたようです。


    当会において「本心を練る」を最たるものと位置付けるのは、
    そもそも心形刀流の淵源が「本心刀流」だからです。



    さて、伊庭孝が記すところによると、
    この「心形刀」の語は、中国の兵法書『三略』を出典とするそうですが、
    『三略』は「柔よく剛を制す」の典拠としても著名な本です。

    そこに「心形不異」とか「心形一致シテ我知ラザルモ能ク物ニ応ズ、
    是ヲ事理一一体ト云」とあるそうで、伊庭家の口伝書に、

    「心形刀一致シテ敵ニ因テ転化スルト云」

    だとか、

    「故ニ心形刀一ツ成ルトキハ、人ノ生得タル平常也、
    立ント思ヘバ何カ立、行ト思ヘバ足ハ歩ミ、止ルト思ヘバ、
    何カ足ハ止マリ、如是我モ知ラズ、自由ヲ為ス、則チ心形刀ト号ス」

    とあるのは、伊庭孝によると、『三略』の文章を敷衍したものということです。


    伊庭孝は、5歳から剣を教えられました。宗家に生まれた定めでしょう。
    ですが、形は少しも教わらなかったといいます。
    祖父に至っては、刀を構えるということさえしなかったらしいですね。
    それでも、打ち込めなかったそうです。

    格好はどうでもよく、敵の剣がこちらの体に届く前に、
    相手を斬っていれば必ず勝つ、という根本理念に基づく剣術であり、
    また、「突き」を得意としたのが、この流派であったと伊庭孝は記します。
    三舟のひとり、山岡鉄舟も「伊庭の突き」には畏怖していたそうです。


    かつて、水野越前守が「勤剣令」を出した頃、
    大番与力の大野野茂三郎という男と、水野が往来で出会いました。
    只者ではないと感じて水野が師を問うと、大野は、
    「伊庭軍兵衛」と答えたといいます。

    この軍兵衛の養子が「軍兵衛」だったので、後に「軍平」と改めました。
    免状にある九代目のことです。この軍平の子が、先述の伊庭八郎であり、
    剣術ファンには馴染み深い、『座頭市』の原作者である子母澤寛も、
    雑誌『中央公論』に伊庭八郎のことを書きました。
    直木賞の名前の由来である、直木三十五も小説に書いています。


    心形刀一致して、心のままに刀を振るうというのが極意ですが、
    伊庭孝は、心のままに舌を振るうのが、今日の日本人のあり方だと説きます。
    すなわち、それがコラムのタイトルにある「心形舌」というものです。

    伊庭孝は、日本人の外国語のスピーチ能力や、若者の語学力の低さを嘆き、
    「自分の意志を外国語で口にいひ表はす事が出来なければ、
    日本は何事にも負けるより外ない」と、昭和7年という時代もあるでしょうが、
    現代のグローバルな感覚に近い考えの持ち主でした。

    学生は遊んでばかりいて、翻訳書は出るから読むことはするけど、
    そのために外国語をしゃべる方が疎かになる、となかなか手厳しいです。
    一方で「異国の語を能くする事は、譲歩ではなくて、一種の征服である」
    と主張し、国粋論者を牽制するところなどは、時代を感じさせます。

    伊庭孝は、「弓よりも英語やドイツ語で、的を射落してもらひたい」と、
    学生諸氏に注文を付けますが、これは伊庭家の先祖がそもそも弓術の家だと、
    おそらく承知して書いたものでしょう。


    文章を読む限り、心形刀流は伊庭孝を境に、毛色を変えたようですね。
    それには、彼の父親の行状が、大きく影を落としているのは言うまでもありません。
    そのことを鑑みれば、伊庭孝も、幼少期は肩身の狭い思いもしたことでしょう。

    それらの事実から、「刀鋒」を「舌鋒」へ転じた伊庭孝の心中を、
    ある程度は推し量ってやらねば、こちらも「心形一致」とはなりません。

    もしかすると、以前紹介した「日本古武道ワンダフル」に対応し得るのは、
    こうした伊庭孝のような考えの持ち主、ということになるのかも。

    当会のホームページには、ロシア語で紹介文を載せています。
    私の持ち込んだアイデアに対して、細谷さんから、
    「いいと思ったことは、どんどんやろう」と背中を押していただき、
    こうしたスタイルも実現しました。


    ただ、このまんまホッタラカシにしておいたら、
    泉下の伊庭孝に、「だから心形舌と書いただろう」と怒られちゃうかもしれません。


    [出典]
    「心形刀と心形舌(上)」『東京朝日新聞』昭和7(1932)年12月26日、朝刊、5面
    「心形刀と心形舌(下)」『同』昭和7(1932)年12月27日、朝刊、9面


    (文責:早乙女)

  • #66

    稽古のつまみ第35回(奥に達する三つの道、その1) (水曜日, 30 8月 2017 12:50)

    本日もアクセス、ありがとうございます。


    ===============

    一、奥に達する道三路、一は心形刀、一は形刀心、一は刀形心

    ===============


    僕は初めてこれを見たときに「ガーーン」と頭をやられたようでした。
    次いで「えええーーー??!!!」と叫びました。

    だってだって、今まで「心形刀流」という名のとおり、
    まっすぐな心だから、形がまっすぐになり、
    まっすぐな形だから、刀もまっすぐになる。


    そんなふうに理解してきた私にとって、
    頭の中では「刀<形<心」のような優先順位が、
    自然と形成されていたわけです。

    ところがここにきて「刀形心」ってなんだよ、静山!!
    という気分ですね。



    で・す・が、「一は心形刀、一は形刀心、一は刀形心」は、
    いずれも、「心」「形」「刀」の三者の関連性や結束が求められており、
    どれか一つを欠いて、流派の奥義に到達することはない、
    ということに相違はありません。


    また、「一は心形刀、一は形刀心、一は刀形心」を、
    よくよく目を凝らして読んで見ると、
    その頭文字は「心」「形」「刀」の順になっていて、
    やはり、「心」から入る道が、筆頭に挙げられている。


    よって、この文章は、本質的には「心」から鍛え上げていくことが、
    形や刀を練り上げていく早道なんだけれども、

    心が未熟な場合は、形からきっちり入っていき、
    刀の扱い方を熟知して、そのうえで、それを扱う心の何たるかを学ぶ、

    それもうっかりしちゃって、刀技の見てくれとか、
    カッチョイイところに惹かれて学んじゃった場合は、
    本当のしっかりした形で扱うことを学び、
    そのうえで、それらを扱う心を学ぶ、

    と、こういう順番を示しているのかなあ、と思います。



    達人のような心持で、心形刀流を学びに来た、というのでなければ、
    ふつうは、ちょっと覚え齧った型であるとか、
    それどころか「勝新太郎の殺陣がカッコイイので居合やりたい」とか、
    そんなことだってあり得るわけです。


    そういう人達であっても、最後には「心形刀」の三者を身の内に建て、
    最後は、それらの関連性や、不可分の関係性を理解し、
    そのうえで、自分の本心を練る人になっていけばいいわけです。

    そこを「じゃあ、心だけ」とやってたら、儒者か僧侶になっちゃうし、
    そこを「じゃあ、形だけ」とやってたら、殺陣のルーティーンみたいになるし、
    そこを「じゃあ、刀だけ」とやってたら、興行師みたいになってしまう。

    優れた仏教徒だからといって、一流の剣術家ではないし、
    優れた殺陣師だからといって、体捌きで刀を振っているわけではないし、
    優れた興行師だからといって、いくさ場で生き残れるわけじゃない。

    心・形・刀の三者がそろって、はじめて意味が生まれるのであって、
    どれか単独では、少なくとも剣術家というものには至らないというわけです。



    また、面白いのは「形心刀」とか「刀心形」のようなものがないことです。
    また、「心刀形」というものもない。

    「心」が先に来る場合は、流派の名称どおり「心形刀」しか、奥に至る法はない。
    また、「形」にせよ「刀」にせよ、どちらが先にきても、最後は「心」に来なければ、
    やはり、奥に至る道とはならない。途中に「心」があるのは、奥に至れないわけです。



    ところで、そんな「心形刀流」の免許状が、
    とある新聞に載っていたので、ちょっと本文を挙げてみました。

    =====================

    夫心形刀之儀数年片時無懈怠加修行其志之深事寔為感心故自先生伝来表徳与常寧子許焉畢旦師範者不及申同門中無遠慮差引可有之者也仍免状如件
         心形刀流九代
             伊庭常心子
         万延元申年免状
             三木常喜子
                 源順治花判
         慶應三卯年免状
             榎下常良子
                 藤原憲弘花判
    明治三十年丁酉暮春日
        伊庭常寧子参

    =====================


    これは、伊庭家に代々伝わるとされる「撃剣免状」で、
    明治34(1901)年6月25日の『朝日新聞』朝刊三面に掲載されました。

    ここに表徳号(=武名)を「常寧子」として授けられた人物は、
    伊庭想太郎という人です。

    彼は、衆議院議員であった星亨(1850-1901)を暗殺した人物であり、
    『坂の上の雲』や、正岡子規によっても描かれた剣客で、
    ジャーナリズムの世界では、そちらで名を馳せた人でした。

    すなわち、近代政治史においても、近代文芸史においても、
    缺くべからざる重要な傑材であり、研究対象だった人なのです。
    ちなみに、九代目の常心子は伊庭軍平のこと。
    三木氏とは当時貴族院議員だった人で、榎木氏は未詳です。

    免状の序文を、助詞を平仮名に変えて、
    漢文訓読の法則に従い、ついでに読点も補ってみると、

    「それ心形刀の儀、数年片時(も)懈怠なく修行を加え、
    その志の深き事、寔(まこと)に感心す。故に、先生より伝え来たる表徳、
    常寧子を与え、許し畢(おわん)ぬ、旦(且つ?)師範は申すに及ばず、
    同門中、遠慮無く差し引きこれあるべき者なり。仍って免状、件(くだん)の如し」

    平たくいえば、「心形刀(流)」について数年間、修行を積んだ志を評価して、
    常寧子という表徳号を与え、師として同門でも教えてよい、
    という許可を免状として発行したようです。

    この想太郎の嫡男は、伊庭孝という人で、
    同じく『朝日新聞』に「心形刀と心形舌」という変わったタイトルのコラムを、
    上・下の2度にわたって投稿しています。

    ここには「心形刀」のことについて、同流の宗家たる者の自負を交え、
    いくばか筆が割かれているので、学びのために取り上げてみます。


    が、長いので次回!

    (文責:早乙女)

  • #65

    稽古のつまみ第34回(剣術とそれ以外の武術) (水曜日, 30 8月 2017 11:40)

    本日も、アクセスありがとうございます。


    今回もひとり勉強会ですが、
    夏休み期間ということもあり、
    比較的、時間がとれたので、なんとか今のうちに、
    ということでアップしてきました。

    ですが、とうとう夢の時間もなくなり、
    これからは、アップが激減すると思います〜。


    下手の横好きとはいえ、文書の解釈も追いつかないので、
    あと2つ、記事をアップしたら、
    また、スロー生活に戻らせていただきます!



    ===============

    一、小太刀は刀の短き者、元より剣術の一道なり、棒、杖、鐵扇(てっせん)等は、雖無刃者(やいばのなきものといえども)、之(これ)を用(もち)ふるに至(いたっ)ては、劔と一理、棒・杖・鐵扇みな是水の法あり

    ===============

    まず直訳してみます。

    小太刀は、刀の短いものである。もとより剣術の一道である。
    棒や杖や鉄扇などは、刃が付いていない武器であるとはいっても、
    剣と一理であり、棒・杖・鉄扇など、みな是水の伝えた法がある。



    小太刀は、刀が短くなっただけであって、
    これは剣術と同一の武道なのだ、ということから始まります。

    短い刀だから、長い刀と違う扱い方や理合がある、
    ということではなく、同じ剣術というテーブルに置いて考える、
    ということになります。

    また、棒術であるとか、杖術であるとか、
    鉄の扇による術などは、これらは扱う武器に、
    日本刀のような「刃」は付いていないけれども、
    これを使用して戦うときには、剣術と同じ理合に基づく、と。

    要するに、武器はいろいろあって、見た目も違うから、
    扱うときには、別々の理論で操っているように見えるけども、
    実は、剣を扱う理論と同じ理論で、棒や杖や鉄扇も扱えるし、
    そのような体を形成することが肝要だよ、ということでしょう。


    道場で稽古をつけてもらっていると、
    基本的なところに帰ってくる、ということがあります。

    いろいろな知識を知ると、
    どちらからというと「手順」のこだわりに陥りやすい。

    たとえば、相手の右腕を左手でぐっと握って、
    相手の後ろに回りつつ、手首をこう返して、こうやって肩を詰めて……
    と、手順を頭で考えて、スローに行っていく。

    でも、基本の基本が出来ている人に言わせれば、

    「手順? そんなもん、どうでもいいよ。
    パっと重心使って相手の中心に入って、すっと崩せよ」

    で、終わるといえば終わる、かもしれない。

    さらに、重心、肩甲骨の開閉、軸、中心、直線、間、一致とか、
    基礎の基礎とされる要素はいろいろあるけれど、
    いま、稽古として「与えられているテーマ」としては、

    「あ、重心のことじゃなくて、今は中心のことを学んでるの」

    ということもあるから、なんでもかんでも「重心」っていうだけじゃなく、
    「稽古として、今は何が要求されているか」を考えることが大事になる。


    詰まるところ、逆再生させて言ってみれば、
    その、パっ、スッ、ホッ、ヒョイ、を可能とするために、
    スローに手順を染み込ませていくわけです。
    だから、手順を蔑ろにしてよい、という意味ではない。


    そのさいに、稽古において、今は「基礎の基礎」のうち、
    何が要求されているのかを、そのスローな動きの中から、
    賢明に見出してみる、ということです。それは各人の課題です。

    なぜなら、会員は「お前ら、出来ないんだからスローでやれよ」、
    と、講師陣に命令されているんじゃなく、

    「ゆっくりやって出来ないものは、早くやっても出来ない」

    を合言葉として、講師陣が「わざわざ一連の動きをスローにして、
    今回はここに着目せよ、というタネを見せてくれている」からです。


    講師や師匠という人たちが、肝心の基礎を独占して他人に教えたくなきゃ、
    ブラックボックスの部分を絶対に教えない原発製造だとか、
    プログラムは秘密にして販売するコンピューター事業みたいなもんで、
    てっとり早く、そそくさと、形だけ真似させてれば済む。
    極端に言えば、見取り稽古にさせて「じゃあ、やってみ」でいいわけです。


    当会の講師の方々が、それをしないのは、
    本当に、基礎の基礎を教えようとしているからです。

    そして、こうした基礎を積み重ねたことを「体捌き」というなら、
    最終的には、アレとコレを一致とか、ソレとコレとアレとドレを一致とか、
    これを臨機応変に組み替えるという場に応じた対応を、
    いわゆる「反射的に」「考えず」できること、を目指すのだと思います。


    だけども、当会の本義・本意としては、
    たとえ、こうした「考えない体捌き」を手に入れたとしても、
    もしかしたら実生活・実社会では何の役にも立たないそれらを、
    「どう使うのか」、あるいは、「そもそもなぜ学ぶのか」、
    という「本心」に立ち返らなければ、それさえ無駄稽古になる。


    ということで、静山さんの訓戒に従えば、
    剣術も棒術も鉄扇も、柔術も槍術も馬術も、
    同じ体捌きから繰り出されていることを知るのは大切だけれど、
    当会にとって「体捌き」は終着地ではありません。


    ある人が、自分の家で自由に動けるようになれば、自宅周辺へ、
    それがやがて地域、市内、県内、県外、国内、国外……と移動が広がるように、
    考えない体捌きが出来る「自分の体」とは、それさえ「自分の家」に過ぎず、
    倦まず止まずで、どんどんと広げていくことこそ、生涯に渉る修行です。

    だけど、せっかく自由に動けるにも関わらず、
    そいつが各地、各場所で悪さをしているならば、
    考えがグローバルだろうが、経験が豊かだろうが、そんなもんクズです。


    だから「心・形・刀」だ、というわけです。


    ここでいう「刀」というのは、
    唯に「剣術」の同義語ではなく、
    むしろ「技」とか「技術」の類義語です。

    形の伴わない技なんて、俗にいう「盲打ち」と同じだし、
    心の伴わない型なんて、目標のない日常みたいなもんです。


    結局、この三位一体を忘れずにいることが、
    稽古の肝要であって、眼に見える点(技)を結ぶ、
    基礎的な線(形)みたいなものがあるのは間違いない。

    だけど、それらの線は、さらに深奥にある「心」から紡ぎ出され、
    それらで、点をどのように繋いで、どんな図形を描いてみせるかも、
    その深奥にある「心」の働きに従うものである、ということです。


    邪悪な心が点を繋げば、おぞましい地獄絵図が描けるでしょうし、
    純粋な心が点を繋げば、夜空に星座を描けるでしょう。


    それらの図こそが、個々人の人間性、ということだろうから、
    これを忘れないように稽古しなければ、と思うのです。


    (文責:早乙女)

  • #64

    稽古のつまみ第33回(心・形・刀) (水曜日, 30 8月 2017 11:26)

    本日も、「海老名古武道研究会」へのアクセス、
    ありがとうございます。


    最近は、ネタがなくなってきたから、
    積ん読になっていた勉強を、
    一気にアップしていきたいと思います。

    ===============

    一、夫子曰(ふうしいわく)、「志於道(みちにこころざし)、拠於徳(とくにより)、依於仁(じんにより)、游於芸(げいにあそぶ)」、志於剣術(けんじゅつにこころざす)は拠形(かたちにより)依心(こころにより)游刀(かなたにあそぶ)べし。

    ===============

    夫子とは、ここでは「孔子」のことを指す言葉です。

    『論語』「述而第七」を出典として、
    「道にこころざして、徳により、仁によって、
    (そのうえで)芸に遊ぶのである」という言を引き、
    剣術も同様だ、と静山は説きます。


    剣術にこころざしを立てるのであれば、
    「形に拠り、心に依り、刀を楽しむ」のだ、と。


    この3つに優先順位があるかどうか、この文章から俄かには分かりません。
    しかし、孔子の文章に立ち戻ると、
    道をこころざし、仁徳によったうえで、芸に遊ぶ、ということです。

    『論語』を出典とする「芸」とは、「六芸」(りくげい)のことで、
    「礼・楽・射・御・書・数」のことを指していて、
    当時、教養とされた内容を表す用語だから、
    総じていえば「仁徳が身についた上での教養」が本来の教養ということです。


    剣術でも、「形と心に拠ったうえで、刀を遊ぶのだ」、とあるからには、
    心や形が備わっていないで、ただ刀だけで遊んでいても、
    それはダメだ、ということになる。


    型というものを拠りどころとして「形」を身に備え、
    心というものを拠りどころとして「本心」を練り、
    そのうえで「刀」というものが自在に操れる。

    「形・心・刀」の三者の関係性を注視して、
    常にこれを自分自身で考えて修行していくことが、
    その名のとおり「心形刀流」のあり方です。

    刀を振り回してれば「タノシー」ってなるっていうんじゃ、
    剣術の道場としては、あんまりにおざなりなんじゃないかね?
    ということなんだと思います。

    なんも知らない客を寄せ集めるだけのために、
    刀のカッチョイイ部分だけをカシャっと切り取って、
    いかにもごもっともな雰囲気を出すのは、意外に楽です。

    でも実際に習うと「型」もダメダメで、「心」は荒んでます、ってんじゃ、
    傷のなめ合いみたいな集団であって、周囲の理解を求めるのは困難でしょう。

    他道場を非難する意図は毛頭ありませんし、
    その会には、その会のポリシーやスタンスがあると思います。

    でも、人を傷つけたっていいんだ! という人間がブンブン刀を振り回す会より、
    危険を察知して離れることや、自分が危険な人物にならないよう諭す会のほうが、
    たとえ周囲から「臆病」と言われても、僕は好感が持てます。

    刀の扱いの要にばかり目を向けていないで、
    人間性や内面、心を涵養することに重きを置きなさい、
    という話なんだと思います。


    (文責:早乙女)

  • #63

    稽古のつまみ第32回(柔・剣・居) (水曜日, 30 8月 2017 11:13)

    本日も「海老名古武道研究会」へ、アクセスありがとうございます。


    細々と解釈を進めておりますが、
    何かお気づきの点、間違っている点などございましたら、
    ご意見、ご批判とともに、
    当会のメールへ「早乙女」宛にお送りください!


    では、勉強会を続けていきます〜。


    ===============

    一、抜剣(ゐあひ=居合)、剣術、柔術は各(おのおの)門戸を立て別儀と為(な)す、然(しかれ)ども抜剣はこれ剣術なる事は勿論(もちろん)なり、柔術も亦(また)剣術の一端なり、能(よ)く修剣術(けんじゅつをおさめる)者は、必不依之(かならず、これによらざれ)ば敵のために敗(やぶ)らる、可念(ねんずべき)の至(いたり)也

    ===============


    ここでは、柔術、剣術、居合の3つの関連性について論じています。

    「抜剣(=居合)」、剣術、柔術というものは、
    それぞれ門戸(道場とか流派ということだと思いますが)を立てて、
    別儀としている。

    「ここは、柔術の○○流道場だ」とか、
    「私どもは○○流の剣術を教えております」だとか、
    「居合を学びたいなら、○○道場へ行ってください。ここは剣道専門です」
    みたいに、それぞれ分野別にしてしまって、
    お互いがお互いの術を抱え込み、一見、無関係なように見えますね、と。

    だけど、抜剣、すなわち居合というものは、
    日本刀を扱っているんだから、剣術であることはもちろんだし、
    柔術の身体の運用もまた、剣術の一端なんだ、と。

    だから、しっかりと剣術を修めようとするものは、
    かならずこの考えに拠らなければ、敵に敗北するであろう。
    ちゃんと心に留めなさいよ、と静山さんは説きます。

    ちなみに「抜剣」に「ゐあひ」、現代仮名遣いでは「いあい」ですが、
    このような読みを提示したのは、原文のままです。
    静山の概念としては、「抜剣」と「居合」は同義のようです。


    当会でも、柔術で学ぶ「重心から動く」ということや、
    あるいは「軸を立てて歩く」とか、「足の入れ替え」とかが、
    剣術における素早い「半身(はんみ)」の入れ替えであるとか、
    敵に察知されにくく接近する動きに繋がっています。

    以前も書きましたが、剣術は刀を扱っている分、
    刀を扱う技術を会得する必要があるので、
    優れた柔術家に刀を握らせれば、すぐに優れた剣術家になる、
    というような安直な話ではありません。

    逆に、柔術は柔術、剣術は剣術といったように、分断して考えると、
    いわゆる武芸十八般というような境地に至ることはありません。

    昔の武士が、いくら武道修行に明け暮れていたとはいえ、
    18もの武芸を、0の基礎から無限の応用まで、
    18個も、それぞれ別に学んでいる時間はありません。

    一見、別々の現象に映ることであっても、
    通底している理論があるわけで、
    そこを捉えていかなければ、上達は遅いわけです。

    たとえば「重心から動く」なんてのは、その最たるものです。

    「脱力して使う」というのもありますが、一種の方便で、
    重心をきちんと生かすために、無駄な力を入れるな、
    ということでもありますが、これも18の武芸に共通する事項でしょう。

    僕はやったことがないので、なんとも言えませんが、
    弓術で、弓を引く時も、腕力でグイグイやっていたら、
    暴れる馬の上からの射出など、ほぼ不可能だと想像できます。

    剣術と同様、肩甲骨を幅広く使っているとか、
    最終的には、重心(丹田)と指先が1本の線で繋がるだとか、
    軸が立って、重心によって不安定さを使いこなすだとか、
    体を一枚で使ったり、分割して使う、それも重心と一致させて使う、
    という、剣術と同じ身体の操作法が必要なんだと思います。

    必要なんだ、というよりも、
    そこを極めていくことで、様々な武芸の、
    たいていの部分で用をなす、ということなんだと思います。

    ただ、ひょっとすると「馬術」の場合は、
    馬本体の「重心」との連動さえ、行っているのかもしれないですが。


    ともかく、剣術で行った身体操作が、
    棒術や、槍術、十手、小太刀の扱いとほぼ同じことは、
    いいとこ取りで齧った程度の僕だって、分かるものです。

    眼に映っている、無限に見える身体の表現であっても、
    それらを丁寧に捨象していけば、
    おのずと、「重心」「軸」「ゆるみ」「間」といった原石部分が取り出され、
    それらは、両の手で数えるほどしかない。

    そうした地味な原石を、コツコツと磨いていくことで、
    やがては、18程度の武芸ならば、難なくこなせてしまう。

    もちろん、得手・不得手はあるだろうし、
    それによる下位や上位といった差は生まれるだろうけど、
    少なくとも、18すべてを個別に学びました、なんてことはなくなる。


    居合、剣術、柔術、たった3つのことを学ぶなかで、
    そのことが分からないのであれば、
    武芸十八般なんて、とうてい理解できない、という厳しさが、
    静山の文章から感じられるものです。


    (文責:早乙女)

  • #62

    稽古のつまみ第31回(丸橋刀その2) (水曜日, 30 8月 2017 11:11)

    前回のつづきになります。

    さてさて、「丸橋」という新しい技名が登場したので、
    例によって『劒攷』から、「丸橋刀」を紹介してみます。

    本文は適宜の紹介に留め、私訳のほうをメインにしていきます。

    まず、丸橋刀ですが、なぜこの名前があるかは詳細には分からない、
    とのことです。細谷さんに拠れば「丸い橋の上に乗っているような、
    不安定な状態で構えるから」とのことです。

    静山に拠れば、この橋は「丸木橋」のことで、
    橋というのは、渓谷だとか、溝を越えて、道を作るものです。
    ですが、独木の材、まあ、丸太をポーンと渡したような橋だと、
    これを渡ろうとすると、転覆しやすいわけです。

    これを俗に「のればおちる」というのだそうで、
    これを刀に名づけているのは、

    =================
    此(この)太刀、其形(そのかたち)逆にして、敵の刀路に於(おい)ては開通するを以て、敵直(すぐ)に我を撃つに当て、我其(その)逆を翻して順撃して乃(すなわち)勝つ、これ丸橋刀の能有(よくあ)る所なり、因(よっ)て名と為(せ)り
    =================

    と記します。

    自分は太刀を逆に構えているのだけど、
    相手の太刀筋が来るところ(=刀路)においては開かれていて、
    だから敵が自分を打ってくると、
    自分はその逆を翻して、順体で相手に勝つことができる、
    というものだそうです。

    実際の細谷さんの技を見た上での、かなり意訳ですが。

    丸橋ですから、転覆しやすいわけで、
    普通に歩いていたら、ひっくり返るという。
    この「ひっくり返る」が、まさに形勢逆転っぽい言い回しなので、
    この「丸橋刀」という名前がある、ってことなんでしょう……か?


    また、静山が、「浅山生」なる人の口伝として紹介するところでは、
    丸橋刀とは、丸い橋のひっくり返るごとくなのだ、と。

    丸木の橋というのは、渡るときに「躁行」(=慌ただしく行く)な人は、
    かならず、橋から落っこちる。浅山生の師匠の父親だった、
    常寛子こと瀧川延親も、そのように教えた、と。

    さらに静山によると、『源平盛衰記』に、
    越前三位通盛という人が、小宰相の局という女房に贈った歌に、

    我恋は 細谷川(ほそたにかわ)の 丸木橋 ふみ返されて ぬるゝ袖かな
    蹈(ふみ)かへす 谷のうき橋 浮世ぞと 思ひしよりも ぬるゝ袖かな

    というのがあって、さらに女院の小宰相に与えた歌にも、

    ただ憑(たの)め 細谷川の 丸木橋 ふみ返しては 落つる習(ならい)ぞ
    谷水の 下に流れて 丸木橋 ふみ見て後ぞ 悔しかりける

    とあり、これらの歌の意味をよく理解できれば、
    いかにこの技で勝てるのか、なぜ先哲が「丸橋刀」と名付けたか、
    それが分かるはずだ、と記しています。

    一首目を、今、恋の歌であることをまったく無視して、
    単に表層の意味だけで取ってみると、

    「相手が丸木の橋をふみ返してきた結果、自分が落水して濡れた」

    ということなので、丸橋刀は、ある種の形勢逆転であるとか、
    逆をついて勝つ、ということなのだと、うすぼんやり感じられます。

    二首目の「うき橋」とは、実は「丸木橋」のことではないので、これは割愛。
    まあ、仮に静山の誤解に基づいて、これを丸木橋のことと解釈しても、
    一首目と、ほとんど意味は変わりません。

    三首目の「憑め」とは、依りどころとすることです。
    丸木橋は不安定なものなので、これを信頼して歩くことが出来ないと、
    踏み外して落っこちるのは常の習いだ、という意味です。

    だから、丸橋刀も、不安定を使いこなすという細谷さんの言葉どおり、
    その不安定さが、要は「居つき」を消している状態なので、
    単に「石橋を叩いて渡る」かのごとく、確固として踏ん張っては無意味で、
    逆に、自分が打たれて負けてしまうことになる。

    それほどに、操るのが難しい技でもある代わりに、
    一見、不安定に見えるこちらの姿で相手の油断を誘って、
    慌てて丸木の橋を渡った人が、見事に川面へ落っこちるごとく、
    不用意に打ち込んできた相手から勝ちを得る刀法、ということでしょう。


    (文責:早乙女)

  • #61

    稽古のつまみ第30回(丸橋刀その1) (水曜日, 30 8月 2017 11:10)

    本日も、アクセスありがとうございます。


    再び『常静子劔談』(じょうせいしけんだん)勉強会、
    始めたいと思います。

    ===============

    一、清眼(せいがん)は陽刀にして、丸橋(まるはし)は陰刀なり、清眼の鋒可恐(ほこ、おそるべし)、刃は恐るゝに不足(たらず)、丸橋の刃可恐(やいば、おそるべし)、鋒は恐るゝに不足(たらず)

    ===============

    直訳すると、清眼は「陽刀」で、丸橋は「陰刀」である。
    清眼では、鋒(切っ先)は恐ろしいものであるが、刃は恐れるに足りない。
    丸橋では、刃は恐ろしいが、切っ先は恐れるに足りない。

    青眼(中段)の構えの場合、刀の長さが丸見えで、
    刃の部分がギラついて、いかにもおっかないのですが、
    この構えで本当に恐ろしいのは、刀の切っ先の部分だ、と。

    逆に、丸橋(「丸橋刀」のこと)の構えの場合は、
    切っ先がこちらを向いているので、切っ先が恐ろしいように見えるけど、
    実際に恐ろしいのは、刃の部分だ、と。

    これは、細谷さんから剣術を教わっていると、
    実際に納得のいくところです。

    陰陽の考えで行くと、陽刀とは、どうやら刃が相手に見えている状態、
    すなわち、得物(握っている刀)の長さが、よく分かる状態を指すようです。
    このときに怖いのは、むしろ切っ先の方なんだ、ということです。

    青眼に限らず、下段の構えでも、ひょいと切っ先を出されると、
    簡単に自分の腹や胸、首を刺されてしまいます。

    逆に、陰刀とは、刃の部分が「陰になっている」状態、
    すなわち、得物の長さが、相手に分からない状態です。

    少しグロテスクな比喩で恐縮ですが、シャーペンを手に取って、
    そのペン先で、自分の眼球を突き刺すように、ペンを持ってみてください。
    すると、ペン先の後ろに隠れた、ペン本体の長さは、まったく分からないはずです。

    丸橋では水平に刀を構えていて、切っ先が相手の目に附くので、
    相手から見ると、どれぐらいの長さの刀を持っているのか、
    分からなくなってしまうのです。

    よって、切っ先で、刺突してくるようなイメージで対峙してしまうと、
    相手が体を転じた瞬間、刃本体が、廻剣の軌道で飛んでくるので、
    万が一、相手との間合いを測り損ねていると、
    そのときには、その廻剣した「刃」の部分で、斬られてしまう。

    切っ先が恐ろしく見えるけど、その実は、
    背後に隠れた、長さ不明の刃の方が恐ろしいのです。


    「見た目」には、陽は刃で相手を制し、陰は切っ先で相手を制す、
    という感じなのですが、実態はその真逆であって、
    刀を扱う側も、これを理解していないと、
    相手に対して有効な攻撃が出来ない、ということでしょう。

    素人が青眼に構えると、どうしても刃の部分でぶった斬るような、
    時代劇の侍みたいなイメージで、腕力頼りの斬り方を想定しがちです。

    しかし、本質的には、腕で刀を振るのではなく、
    体捌きで、刀を扱うのだから、構えのビジュアルとは180度逆の、
    全然違う部分を、むしろ体捌きによって実現させて使う。

    たとえば中段の構えで、相手を刃の部分で斬るなんて、
    腕力のスイングでも十分な感じだけど、
    相手に避けられない速さで切っ先を打ち込むには、
    腕力では間に合いません。動きも丸見えになるはずです。

    逆に、丸橋のように刀を寝かせて扱う構えの場合は、
    刃の部分を相手に打ち込むためには、
    腕力で何とかしようとすると、必ず軌道を読まれる動きになります。

    寝かせた刀を、半身の入れ替えに乗せて、
    それを、廻剣特有の、肩の動きを消した腕の動きと一致させる。
    こうした重心と体捌きによる素早い移動がなければ、実現不可能です。

    ましてや、丸橋刀の場合は、一文字腰で構えているので、
    極めて足元が不安定で、この構え方をしていること自体が、
    素人の私などには疲労だし、上手に足を寄せて両足を揃えないと、
    腰がくねり、回転してしまって、かならず軌道を読まれます。

    こうやって考えると、構えているとおりの刀の使い方は、
    力技でもできるけれど、難しい方の使い方をする場合には、
    体捌きが要求されることが分かります。よく出来たものですね。

    (文責:早乙女)

  • #60

    稽古のつまみ第29回(勉強会) (月曜日, 28 8月 2017 16:19)

    本日も、アクセスありがとうございます。


    今回は、記念すべき通算60回目ですが、
    現時点にかぎってのことですが、
    とうとう会長の「稽古日誌」の背中に追いつくという、
    大安成就を果たしました。

    というわけで、いつもより気合いを入れようと思いましたが、
    それだと本心を練れないので、いつもの通りに、気負わず、
    という気分でいきたいと思います。

    ===============

    一、刀の長、刃の間(あい)だ二尺二寸として、是(これ)を十に割れば其(その)一つ二寸二歩なり、勝負のとき用に立ところは、此二寸二歩の中一寸ばかりの処なり、ものに拠りては、又此中(またこのなか)四分五分にても勝を得るなり、此(この)あたりは、刀法に精思(くわしくおもう)なれば随分わかる事也、又物打(また、ものうち)にて切る太刀は、大抵四五寸七八寸の間(あいだ)なり、是(これ)は敵急撃のとき手詰に切るときの事也、引切りて踞身也
    ===============


    これは、剣術における刀の用い方について、
    かなり細かい基準を示しつつ記したものです。

    刀の長さで、刃のあいだを二尺二寸(約66cm)として、
    これを10で割ると、その1つの長さは二寸二歩(約6.6cm)です。
    勝負のとき役立つところは、この二寸二歩のうちの、
    一寸(3cm)ばかりの部分だよ、と静山はいいます。


    ものによっては、また、この6.6cmのうちの、
    四分(約1.2cm)とか五分(約1.5cm)でも勝ちを得るんだ、と。
    そして、このあたりは、刀法に詳しく思慮できるならば、
    ずいぶん理解できることだといい、実践の大切さを考慮した解釈です。

    また、「物打」で切る太刀というのは、
    たいてい四、五寸(12~15cm)か七、八寸(21~24cm)の間だそうで、
    これは敵が急撃してきたときや、
    「手詰に切る」(どういうことを指すのかは不明)ときのことだそうです。

    最後の、引き切って「踞身也」も、よく分かりません。
    踞は、しゃがむとか、膝を立てて座るという意味なので、
    物打の太刀では、引き切る(手前に引いて斬る)と、
    そのような姿勢になる、ということでしょうか。


    ただ、前回からの繰り返しになりますが、
    人間というのは、各人、体つきが異なっているわけです。

    これらは、あくまで基準のひとつであって、
    かならず、静山が指摘している刀の部分で、
    どうにか処理せねば、間違った刀の使い方だ、
    ということには、決してならないと思います。


    たとえば、家庭料理をするさいに用いる、一般的な包丁ですが、
    いわゆる「刃渡り」という部分において、
    刃先は、肉の筋を切るときに、
    刃元は、骨をたたいたり、じゃがいもの芽をくりぬく、
    真ん中のところでは、魚の皮剝や、輪切りなどに使っています。

    だけど、そんなことを知らない人が包丁を扱えば、
    たぶん、切りやすいところや、自分の使いやすいところで、
    押して切ったりもしているでしょう。


    日本刀も、絶え間なく動く実践のなかで、
    体捌き、というものにブレがあってはいけないけれど、
    床から何cmの高さで、とか、角度は何度で、とか、
    そんなことは、各人の体が違うのだから、大いに無意味です。


    刀を扱うさい、もっとも邪魔なものは、自分の身体です。
    だから、その意味では、刀が基準のようにも思われる。

    だけど、自分の体の側で、刀というのは扱われるのだから、
    実際には、自分の身体が基準です。

    ということは、刀を扱う技術というのは、
    最終的に、自分の身体をいかに操作するのか、
    というところに帰結していく。

    だから、たとえ誰かのやり方を、一生懸命に手本にしたところで、
    その人の体と、自分の体は違うんだから、
    「その人の基準」に合わせて稽古してしまったら、
    「自分の体捌き」どころの話ではなくなってしまうわけです。


    身長130cmの男性が、身長170cmの女性講師の素振りを見て、
    「あれ? あの人、床から40cmぐらいのところで刀が水平になってる。
    じゃあ、自分もそれぐらいの高さのところにしなきゃ」
    なんてやってたら、どうしたってうまくならないのは一目瞭然です。


    その意味で、「自分の身体が基準である」という原則のもと、
    どこまで教わったことを抽象化し、自分に還元できるのか、
    ということが、成長における一つのカギとなっている。

    たとえば「重心」という概念を、身長150cmの講師が、
    身長200cmの弟子に教えているときだって、
    講師も弟子も、お互いに抽象化された「重心」を理解しなければ、
    身体の差異を超えて、「同じ質の体」にはなれない。


    個別的な事情を捨象せず、見た目どおりに処理しようとしたら、
    講師は「俺のように低く(高く)なれ」と無茶をしたり、
    弟子は「もっと足が短(長)ければ」と訳の分からない願望を抱いたりと、
    そんなこと言い出したら、達人はオンリーワンだけになって、
    継承どころか、そもそも流派を作る意義もないことになってしまう。


    刀も、静山が細かく記している具体的で個別の事象は、
    あるいは、体捌きを、完璧にこなすと、
    誰もが自然と、静山が記すような「一寸」のところに、
    誰だってピタリと刃が来るものなのだ、ということなのかもしれない。


    ですが、これにこだわりすぎて、
    そもそも、ちゃんと刀が相手に届いているのかどうかとか、
    日本刀というのは、道具として物体を切れるように作ってあって、
    刃のどの部分だろうが、人体に当たれば相手は負傷する、
    ということを、ぜんぶ見失ってしまうんじゃないかと思います。

    基準はあくまで原則であって、
    何事にも例外というものがあり、
    また基礎というものは応用を生み出すためにある。

    「昔からこの味がかわらないよね」という飽きない料理ほど、
    たいてい店主が、昔から何か一手間を加えて改良を重ねているもので、
    江戸時代の創始者の代から、現在まで何の変化もない流派なんてあり得ない。


    ゆえに、心形刀流における「本心を練る」ということも、
    今の時代に身を置く、自分自身だけにしか掴めない何かなのであって、
    それは、稽古を通して、自分自身でつかみ取っていくしかない、
    ということなのだと思います。

    (文責:早乙女)

  • #59

    稽古のつまみ第28回(勉強会) (月曜日, 28 8月 2017 14:21)

    本日も、海老名古武道研究会サイトへ、
    アクセス、ありがとうございます。

    のびてるよー! 中東あたりの古武道マニアたちの、
    熱い視線で、当会もアクセスアップ!

    ということで、張り切って勉強会しちゃいますよー!
    もちろん、日本語で。

    ===============

    一、片手の太刀あり、この手の中は、手の首の力と足の裡の力と、一度に張合(はりあ)ふ勢(いきおい)にて打つなり、らんしやなど云太刀、其外片手のものあり

    ===============

    「片手の太刀」というのがあって、このときの手の中は、
    手首の力と、足の裡(ここでは「うち」ではなく「うら」と読むか)の力と、
    一度に張り合う勢いで打つのである。

    「らんしや」などと呼ばれる太刀がこれで、
    そのほかにも、片手の太刀の技がある。


    直訳すると、こんな感じですが、
    手首と足の裏が張り合う、というのだから、
    身体全体に、軸がピーンと通って、丹田を中心に、
    全身の経絡や神経、筋が、ひとつに繋がっている感覚なのでしょう。

    ここにある「らんしや」とは「乱車刀」のことです。
    昔の文献は、基本的に濁点がないので、濁点を補って解釈しました。
    片手で扱う太刀技のことで、『劔攷』にも紹介されています。


    それによると、「車」とは「廻刀」のことで、
    「乱」とは「定まれる所なき」ことを言うとあります。

    相手の「陽撃」、すなわち陽刀(青眼)での攻撃に対して、
    自分は片手で持った刀でこれに対応します。
    そして、相手の両手を「襷(たすき)に、左下り、右下りと車撃」する、
    というのです。

    「廻刀」を「廻剣」と同一と見なした場合、
    相手の正中線から、重心移動で素早く外れ、
    刀を斜めに落として腕を削ぎ、そのまま2回目の廻剣のために腕を挙げ、
    その間に反対側へ移動し、そこから刀を落とす、という速さが要求されそうです。

    おまけに、片手での廻剣となると、
    かなり手慣れていないと、単なるアクロバットな妙技みたいになって、
    鉄棒でひっぱたくだけみたいな、格好だけの技になってしまいそうです。
    下手すると、自分で自分の二の腕や膝を切ってしまいそう。

    実際にやってみると分かりますが、
    廻剣は、左手が軸手になっているため、
    右だけで振ると、木刀といえども、重さで相当に振られます。

    この「車撃」なるものが、もしも右手による廻剣の場合、
    かなりの卓越した技術がないと、
    こんな荒技、今の僕には無理難題です。


    心形刀流の伊庭八郎は、隻腕の美剣士とのことで、
    彼は、それこそ獅子奮迅の活躍を見せたそうですが、
    片手で扱ったからには、とんでもない達人だったのでしょう。

    また、静山によれば、「乱車刀」は「八箇の一刀」として目録にあるけど、
    これ以外に、「真の乱車」という秘伝があるんだ、といいます。

    この形は、相手が陽刀で動かないところを、自分は

    「彼が左手を車撃すること二三(に、さん)にして、
    其(その)刀を左より右揚(あが)りに、
    彼が面部或(あるい)は足部を迅撃す」

    という凄まじい刀法で、相手は動けずして終わってしまうという離れ業です。

    「左より右揚り」は、左側からの攻めが、
    廻剣によって、右側からの攻撃へ転じるという状態か、
    ちょっと分かりかねますが、廻剣して持ち上げた刀は下げるわけだから、
    その下げるときに相手の「面」か「足」を狙うわけです。

    左手を斬られて戦意喪失している相手にとどめを刺すような型ですが、
    静山は、この「真の乱車」なるものについて、
    これは形を教えたのであって、真理を教えたのではない、と言います。

    要するに、これはあくまで「真の乱車」が持つ1つの「型」であって、
    唯一絶対の「理合」ではない、ということでしょう。
    なぜなら、「乱車」とは「乱撃」のことで、
    それには定まった形などないからです。

    解読が間違っているかも知れませんが、
    『劔攷』の原文を示さずに、静山が記した続きを訳出すると、

    「人の心」はそれぞれ異なっていて、また「刀家の流派」もいろいろある。
    だから、どうしたって「一定の形」で敵対することなんて、ない。
    時に応じて、刀法は使い分けるものなんだ。

    そして「真乱の受太刀」というものは、
    すべて「こういう型だよ」と示すために存在するけれど、
    実際に敵対する相手には、乱撃、すなわち定まりのない太刀筋で応じるのだ、
    ということです。なぜなら、相手も決まった型なんかで攻めてこないからです。

    要は、方便として「乱車刀」とはこういう斬り方の「型」ですよ、
    というのは教えるけど、実際に敵と戦うことになれば、
    「型どおりに打ち合いました」なんてことはない、というわけです。

    戦場において「いつも同じパターンで戦って勝敗を決する」なんて、あり得ません。
    だから「真の乱車」という秘術の名はあるけど、
    本質的に追求すれば、その実態は「型のない型」であって、
    各人で「乱れ方」なんて違うんだから、あって無きがごとしの秘術なのです。

    心形刀流の創始者である是水のところに、
    ある弟子がいました。長年、是水のところにいましたが、
    いつも技を見せてもらうだけで、習ったことがない。

    そこで、別れに際して、何か教えてほしいと是水に言うと、
    彼は「乱車の刀法」を、弟子に授けたといいます。

    その弟子が、眼思流の真木久平のところへ行き、
    その技を披露したところ、あまりの激しさに、
    久平は窮地に立たされたそうです。

    久平はその後、とうとう乱車の刀法を自分のものにし、
    それが眼思流に残る「力の乱車」なのだということです。

    静山は、もし久平との闘いが、定形で行われていたら、
    久平は、それほど苦戦しなかっただろうと言います。
    乱車刀が「無形にして神速自在、幻影奔車の如く」だからこそ、
    相手を窮地に追い込んだのだ、といいます。

    ということで、廻剣を、定形なく、神速で次々に繰り出すのが、
    この「乱車刀」という技の「無形不定」で、
    恐らくは、自らの心に従って、自在に打つのが本質のようです。

    なお、静山によると、平戸に伝わる「円明流」の剣法の加伝に、
    眼思流があって、これは久平から伝来したもの、とのことです。

    (文責:早乙女)

  • #58

    稽古のつまみ第27回(ひとり反省会) (月曜日, 28 8月 2017 13:34)

    本日も、アクセスありがとうございます。


    稽古のつまみin the darkで吐露した悩みを、
    細谷講師をはじめ、会長、会員の方に、
    ご心配いただきました。

    「心配するのが当たり前だろ、仲間なんだから」

    という言葉に、どれほど勇気づけられたか分かりません。
    と同時に、会長の稽古日誌第59回にもあるように、
    よけいなことをゴチャゴチャ考えるのではなく、
    無心に、自分の稽古と向き合え、ということでもあります。


    自分でも分かっていたつもりでしたが、
    結局、人が誰かに技をかける姿を見たりして、
    そう出来ることが羨ましかったり、
    自分が出来なくて情けなく思ったりと、
    根底、他人と自分を比較する心があるのだと。


    この部分を何とかして消していくこと。
    こっちの方が、技が出来るとか、出来ないより、
    ずっと大事だと、自分でも頭では考えていながら、
    実態は、それらから乖離したものであったことを、
    今回、痛感したのでした。


    また、稽古後の食事会で、
    細谷さんから「技をかけられるってことを、
    出来てるってことと混同したら駄目だ」と、
    諭していただきました。


    私のような稽古生は、廻剣でも柔術の技でも、
    何か成果や効果が現れてくると、
    それが表層的、表面的、一過性のものでも、
    嬉しく思うものです。


    ですが、それらの「出来る」は、
    体捌き、重心、軸、ゆるみ、間、中心、一致……、
    こういった諸要素と連動して、確かなものとして、
    100人いれば100人にかけられるという意味での「出来る」とは、
    似て非なるものです。


    「やった感がない」のであったとしても、
    「やった感がある」のであったとしても、
    それらに一喜一憂し、肝心な「技を通して、
    己の心を見る」ことが出来ていないならば、
    本質的には無意味です。


    ましてや「まっとうなことは出来ないが、
    パフォーマンスや口先三寸で、集客だけは巧み」では、
    存在は否定しないまでも、賛同も共感も出来ません。


    そもそも自分が出来ないんだから、教える技は中途半端だし、
    概念的に幅の広い「出来ない」を、論理のすり替えに悪用してくるし、
    成果が出ないことと、成果を出せないことを混用するし、
    困ったときには「自分で考えるのも修行」と誤摩化すし、
    弟子を碌に育てる技術がないのを「いつか出来る」と美談で隠蔽するし、
    挙げ句に「稽古」と称する金銭搾取には、一丁前に余念がないからです。

    そんな連中は、たぶん「稽古の目標」なんてないんだろうな。
    あっても形骸化しているか、砂上の楼閣か、
    下手すると「人が集まって金が入りゃいいや」という、
    真の目標のための、詐欺まがいの方便にすぎないのかもしれないですね。


    稽古を通して己を見つめる厳しさと本願を、
    優しく、かつ、自身の確かな柔術や剣術、居合術によって、
    基礎の基礎から教え、何かしら確固たる目標を与える。
    そんな道場の、足元にも及ばないと、個人的には思いますね。


    どっちのやり方が偉いとか、どっちのやり方が正しいってことじゃないけど、
    (と書きつつ、詐欺まがいでも、立証されれば立派な犯罪なので悪ですが)
    40近い年齢の自分にとって、両者が同じ取捨選択の天秤にも乗らないことぐらい、
    バカなりに分かります。そこまでバカじゃありません。


    だけど、先述した「厳しくも優しい道場」のひとつとして、
    手前味噌に紹介して恥じるところのない「海老名古武道研究会」において、
    会員の方々に混じりつつ、副会長なんて立場で稽古する自分にとっては、
    己の本心を見つめられていないことが、タコだと自認しました。
    ブランクはありましたが、何年細谷さんたちを見てきたんだ! と。


    そこで、前置き(え? この無駄に冗長な文章、前置きだったの?
    というツッコミはさておきまして)をふまえて、
    身体だけでなく、頭も心も、修行のし直し、ということで、
    久しぶりに、『常静子劔談』勉強会を再開させたいと思います。


    なお、会員のご愛読者からご意見を賜りまして、
    読むのに長い、用語が分かりづらい、との指摘をいただきました。


    ということで、どんなに短くショボい解釈でも、
    1回に1項目、という形でアップさせていただき、
    1項目が長い場合には、分割するという形で、
    先へ進んでいきたいと思います。


    また、用語については、出来る限り平易なものを選び、
    静山の原文についても、しつこくルビを補っていきたいと思います。

    ただ、歴史的仮名遣いなどについては、
    原文のまま、読み味わっていただければと存じます。

    ===============

    一、打の手の中を言はゞ、柄(つか)の向(むこ)ふへ挺(ぬ)けでるを、あたる時に、握りて留めるこゝろなり

    ===============

    打つときの手の中のことを話すと、柄が向こうへ抜け出るのを、
    当たるときに握って留める心である。

    これはかなり細かい教えのひとつですが、
    打つ時に、「刀を投げちゃえよ」と教わったこともありましたけど、
    それぐらいゆるゆるに柄を握っている、ということです。
    力を入れて握ってはいけません。

    僕の感覚でいえば、両手とも親指、人差し指は離れていて、
    左手も、薬指、小指は柄を乗せる土台程度のものです。
    斬り手にすると、自然と小指が締まるので、
    手の内に力を入れる必要がないですね。


    それに、力で「えいや!」と当てようとすると、
    どうしても腕の力に頼ってしまいがちです。
    だから、こぶしもギュっとなってしまう。
    そうなると、脱力させて柔らかく身体を使うこともできません。

    あるときなどは、「別に刀を落としたっていいよ」と教わったりで、
    緊張して握りしめるより、すっぽ抜けてもいいから、
    緩く、脱力して、ふわっと丸く刀を手の内に置いておく感じです。

    また、力みを制するために「完全伸展」があります。

    斬り手で太刀を持って、肘をまっすぐに伸ばしていれば、
    どうしても腕の力に頼ることができません。


    相手に当たるときの腕の感じは、ちょうどこの完全伸展の状態で、
    刃で斬るとか、鉄棒をぶち当てて骨を粉砕するのではなく、
    相手の身体に「到達させる」のが主旨です。

    到達させてから先のことは、体捌きの話なので、
    まずは、まっすぐ伸ばして刀をぴたりと到達させる。

    だから「握って留める」とは書いてありますが、
    実態としては、腕が完全伸展になれば、自動的に停止しています。
    ルフィじゃないんだから、それ以上先に刀がいくことはありません。

    また、遠心力によってぶん廻しているのではありません。
    いわゆる「死に手」になると、手首に可動域の余地が生じて、
    手首のスナップによって刀を振ってしまう恐れがあります。

    一方で「斬り手」(何が何でも自分の手の甲が見えるような手)は、
    手首の可動域を殺しているので、スナップが生じることはありません。


    (文責:早乙女)

  • #57

    稽古のつまみ第26.5回(ある日誌後半) (金曜日, 25 8月 2017 15:45)

    前回の日誌、ソーサーセットのつづきです。


    ということは、左の打ち込みも同様で、
    お皿の左端を前にすると、コーヒーカップの取っ手は本来、
    右斜め前になる。でも、これを敢えて相手に向けてみる。


    その形が出来たら、もう一度、お皿を元の位置に戻してみると、
    今度は、取っ手が、左斜め前になっているはずです。
    現実には、足が揃って胸板は爪先と平行になっている状態のまま、
    腕だけが左斜め前へ伸びているわけです。

    このことから推測できるのは、左足を踏み込んで相手に刀を打つときは、
    自分の身体「正面」に対して、やや左斜め前へ刀を出している、ということです。

    いわば、土台となるお皿(骨盤)に従い、コーヒーカップ(上半身)は動くけど、
    取っ手(腕)は、原則的な「正面」というものに対して、適宜に伸展することになる。


    つまりつまり、骨盤に対して上半身がねじれたり、よじれたりはせず、
    骨盤の動きに準じて、きちんとした対応関係を形成するんだけど、
    腕は、時に応じて、上半身に準じたり、分断したりと、
    スイッチが切り替わるように動いていることになるわけです。


    だけど、このことを「いきなり」やろうとすると、
    固定したお皿の上に乗ったコーヒーカップの取っ手を掴んで、
    グリグリグリグリやっているみたいなもので、
    骨盤に対して上半身がねじれ放題の「ねじれ祭り」が開催され、
    単にドタバタしただけで、直線で動くということを疎かにしてしまいがちです。

    大切なことは、「まっすぐ」というのは、「自分」の身体を基準とする言葉であって、
    自分が向かっていく「相手」を基準にした言葉ではない、ということです。


    たとえば、剣術で「四太刀」をするときに、
    例の「八相の構え」から「腕をまっすぐ前に出せ」と指示されると、
    僕のような者は「自分の身体に従って前に出す」のではなく、
    十中八九、「相手の身体に向かって前に出す」ことをしてしまう。

    ましてや、木刀を持っている分、なんとかこれを首に当てないと、
    という意識が先行して、自分の身体の動きがどうあるかより、
    刀の軌道を、相手の首に合わせるような動きになってしまう。

    これだと、コーヒーカップの取っ手だけをコントロールするようなもので、
    お皿のことも、お皿に乗ったコーヒーカップのことも、
    みーんなその関係性を忘れた動きになってしまう。

    結果的に、見る人が見れば、「正面がガラ空き」になるとか、
    あるいは「刀の影に隠れる」ということが出来なくなってしまう。
    もしくは、「腰がねじれてる」ということになってしまう。

    まさに、目先、小手先、足先だけの動きに陥ってしまうわけです。

    そこで、刀を相手の左首筋に当たるように、腕をまっすぐ出すとは言っても、
    基本は「まっすぐ出す」んだから、
    「右足」を踏み込んだ場合は、胸板は「左斜め前」になっているわけで、
    その左斜め前、すなわち自分の「正面」に向かって「まっすぐ」出す。
    これが正しいんじゃなかろーか、と考えてみるわけです。

    当然、あらぬ方向に腕が伸びているイメージはあるんだけど、
    そこを「右膝を緩める」とかで、刀の位置をうまく調整していくわけで、
    それら別々の動きを、上手に一致させて使い、
    やがては、ピタリと相手の首筋に、刀のジャストな部分を当てる動きができる、
    ようになるのではないか。これぞ、まさに体捌きなんではないか。

    こんなところが、現在の自分の理解している「まっすぐ」です。


    同じく、廻剣で相手の攻撃をかわして、一撃を打ち込む、
    というものを想定してみましょう。

    右足を前に出して青眼で構えた状態から、
    左足を、真ん前に立つ相手に向かって大きく踏み出し、
    廻剣の動作でいえば、下から上へ腕が上がった状態を作る。
    これで、相手の太刀筋を背後でかわします。

    ついで、右足で一歩踏み込んで刀を立て、今度は腕を下げると、
    無防備な相手の頭上を刀が襲う、というものです。

    まず、例によって横長のお皿の上にコーヒーカップを乗せ、
    その取っ手は向こう正面に据えます。

    そのとき、打ち込む敵に見立てた細長いガラスコップを、
    30cmくらい離して、取っ手の先の延長線上へ置きます。

    さて、青眼の構えからスタートするので、
    お皿は、最初から右端を前にして、
    取っ手は、コップ側に向けておきます。
    繰り返しますが、上半身がねじれているのではありません。

    廻剣のために、相手に向かって左足を踏み込む想定なので、
    お皿の左側を徐々に前へせり出していくと、
    元のポジションが、右側を前にしているのだから、
    一度、お皿が横長のフラットな状態になるはずです。
    現実的には、骨盤が正面を向く、すなわち足が揃った状態です。

    さて、このとき取っ手は、お皿の動きに準じて右斜め前になる、
    はずですが! それをやると現実には相手に左肩を晒す状態になるので、
    足が揃ったときには、刀は自分の正面に立っていなければいけません。

    ということで、お皿は横長に、取っ手は向こう正面になります。
    現実的には、この状態は、左足を前にだしている途中なので、
    わずか一瞬に過ぎません。

    そこから、左端をコップに向かって差し出すと、
    コーヒーカップの取っ手は、あらためて右斜め前を向くはずです。

    この、右斜め前へ出ている取っ手のあるラインが、
    上から見た正中線のラインということになります。


    廻剣の腕は「正中線を下から上、上から下に動く」という原則に従い、
    顔は相手に向かいつつも、腕としてはそのラインを上下することになる。

    このとき、「相手のいる位置に準じて」廻剣をしようとすると、
    顔が相手を向いている分、そちらを「正面」と勘違いしてしまい、
    そっち側に向かって廻剣の動作をしようとしてしまう。

    これは、お皿の左側を前にした状態でありながら、
    取っ手を無理にコップ側に向けている状態と同じなので、
    お皿を横長の状態に戻すと、取っ手は「左斜め前」を向いてしまう。

    つまり、自分の身体の左側で、廻剣の運動、すなわち腕を上下していることになり、
    全然、違う動きになっているということが分かります。


    ということで、左足で踏み込んだ、つまり、お皿の左側が前に出て、
    正中線は右斜め前になっているところで、上から下へ廻剣の動作をする。
    現実では、ここで相手が打ちこんできた刀を、
    背中でやり過ごしているような感じになります。

    そこから、今度はお皿の右側が前にでるように動かすと、
    お皿は、再び、横長の状態に戻る。
    このとき、取っ手も向こう正面を向くはずです。
    すなわち、現実的には足が揃った状態です。

    このとき、刀は正面に立つことになるのですが、
    実際には廻剣の途中だから、もっとも振り上げた状態、
    すなわち頭上で刀が立っているような状態です。

    念のためですが、右足を前に出している途中の動きなので、
    これも、現実には一瞬のことです。

    そして、実際にコップ(=相手)が立っている位置よりは、
    若干、右側に、お皿(=自分)の位置がズレているはずです。

    それに構わずに、横長のお皿の右端を前に進めてみると、
    取っ手は、左斜め前になる。その先に、ちょうどコップがくると思います。
    実際には、足の運びで、相手との距離感や間合いを調整することになりますが。

    このとき、振り上げていた刀は、
    正中線、すなわち、取っ手のラインを辿って降りてくるわけで、
    その先にコップがあるということは、
    自動的に刀は、相手に振り下ろされている、ということになるわけです。


    まあ、本当に動くときには、もっと直線的でしょうから、
    お皿が、ズルッ、ズルッ、と左、右に前進する不細工な動きよりは、
    もっとコンパクトな速い重心移動の動きになるでしょうが、
    原理としてはこんな感じじゃないかな、というところです。


    でも、よくよく考えてみると、
    廻剣の練習をするときは、右足を前にしているのだから、
    右半身、すわなち、左斜め前が正面なのであって、
    正中線を刀が上下するというのであれば、本来はそこを辿るはず。
    でも、実際はそういう動きはしていません。

    ということで、お皿に乗せたコーヒーカップというような、
    単純化できるような動きは、本当はしていない、ということが分かります。

    そういえば、座構えも、そもそも左斜め前になっているから、
    座ったまんま、右半身ってことになるね。
    ってことは、刀はどこに向かって抜いているのかな?


    このように、本質的には、正面だとかまっすぐだとかは、
    もっと奥深い動き、ということであって、
    それを簡単に講師に聞かず、ある程度、自分で試行錯誤することが、
    稽古、ということになるのだと思います。

    もっと簡単に考えてみようと思ったら、
    よけい複雑になった、という話でした。


    (文責:早乙女)

  • #56

    稽古のつまみ第26.5回(ある日誌前半) (金曜日, 25 8月 2017 15:04)

    本日もアクセス、ありがとうございます。

    今回は、自分の稽古語り、ということで、
    初心の皆さまにとって、何かしらのご参考になればという、偉そうな心持ちです。


    ところで、先ごろ工業デザイナーのケン奥山(奥山清行)氏が、
    ザ・クウェイルで「スーパーカーKode0」を発表しました。

    ザ・クウェイルは、モーター・スポーツのイベントの1つで、
    アメリカのモンタレーでは、熱心な自動車愛好家たちを垂涎させる、
    自動車の祭典が開かれます。ザ・クウェイルは、ハイライトなイベントです。

    奥山氏は、ケン・オクヤマ・カーズ社を設立し、
    そのカー・デザインにおいては1970年代を篤く崇敬しているそうです。

    カー・デザイナーのレジェンド、マルチェロ・ガンディーニの手がけた、
    ランボルギーニ・カウンタック、
    ランボルギーニ・ミウラ、
    ランチア・ストラトス・ゼロ。

    巨匠にして鬼才の彼が、数々の傑作を生みだしたのが、
    1970年代であることは、自動車ファンには周知のことでしょう。
    彼の愛車が日本の「スズキ ワゴンR」であることも。

    Kode0の楔形のフォルムは、ストラトス・ゼロを彷彿とさせ、
    これは、ダウンフォースを最大化するものです。

    フロントウイングなどのエアロパーツによって、
    前方から流れてくる空気は、下向きの力に変わります。

    この下向きの力をダウンフォースといい、
    車体がコーナリングで高速旋回するさいには、
    エアロダイナミック・グリップとも呼ばれますが、
    強力なダウンフォースが必要となります。

    古武道でも、身体をできる限りコンパクトに見せますが、
    もしかすると、重心で楔形に浮いて移動していくと、
    上からふっとダウンフォースが……かからないか。

    Kode0は、ランボルギーニと同様に、シザーズ・ドアです。
    いかにもスポーツカーと思わせる、運転席や助手席のドアを開けるとき、
    前ならえした腕が、肩を支点に、バンザイするみたいな。
    正面からみると、ウサギの耳みたいに見える、あれです。

    ちなみに、よく聞く「ガルウィングドア」とは、カモメの翼の意。
    ドアを開けた姿を正面から見ると、カモメが飛んでいるみたいに見える。
    メルセデス・ベンツSLS AMGとか、グンベルト アポロなどが採用したドアです。

    ほかにも、ケーニグセグ アゲーラOne:1のラプタードア。
    マクラーレンF1タイプのバタフライドア(ディヘドラルドア)。
    スターリングノバのキャノピードアなんかもありますが、置いといて。

    実は、居合で刀を抜くときに、
    この背中の部分とか、腕の感じというのが、
    いかにもシザードアとかガルウイングドアっぽいときがあるんですよね。

    ぎゅーっと肩甲骨を寄せているというか。
    大きく胸を開いているというか。この感じがほしいんです。

    素人が真似すると、肩でヒンジ運動をしている感じになって、
    肩回りを痛めやすい。胸が開いて肩甲骨がよると、そういった痛みはないです。
    でも正しく抜けないから、きっとまだ出来てないところがあるんだな。

    もしイメージしづらい方がいらしたら、
    たとえば黒田鉄山さんの「行の太刀」なんかを思い浮かべていただくと、
    あれを横から見ると、失礼ながら、スポーツカーのようですよね。

    楔形で、腹の前で抜かれた刀が吸い付く腕は、シザードアのようです。
    それが「草の太刀」になると、もっと深いし、柔らかい。
    あんな体になるの、何十年かかるのかなー。

    さて、最近うちの会長が勉学にはまり、
    骨格だ、筋肉だ、人体だ、を、もっと詳しく知らなければと、
    図書館から書籍を借りだして独学にも精を出しておられます。
    僕も見習いたいところです。

    僕は会長ほど視野が広くはないので、
    自分を顧みることで精いっぱいと思っていましたが、
    どうも、自分のことも詳しく分からない。

    そこで、もっと単純に考えられないのかと思い直し、
    自分の「まっすぐ」に思いを至らせることにしました。

    まず僕は、両足を揃えてまっすぐ立ってみます。
    すると、胸は一枚の板のようになって、
    揃えた両足の爪先と、平行線を維持しています。

    ところが、一歩、右足を前へ踏み出すと、
    これに伴い骨盤、すなわち上半身の土台が斜め前になる。

    概念的な軸が、身体内をタテに貫通しているものとイメージすると、
    尾てい、仙尾、仙骨、というあたりは、骨盤内部に収まって、
    そこをマッチ棒の頭薬の部分に比すると、軸木はいわゆる背骨のラインに当たる。

    この頭薬部分が尾ていから仙骨の一塊であって、
    この安定した部分を中心に、骨盤は斜めになっていく。
    あたかも、遊園地のコーヒーカップはグルグル回転しても、
    それをコントロールする中心のバーは、常に同じ位置に佇立するごとくです。

    そして、骨盤が右斜め前へ出ていくということは、
    骨盤を土台とする上半身も斜めになるということで、
    従って胸板も、右を斜め前とした姿勢に転じていく、はずです。

    すると、概念的な軸は別として、自分の中心線(正中線)というものが、
    臍、鎖骨の間の部分(鎖骨上窩or頚窩と呼ばれるところ)、喉仏、眉間、
    これらを一直線に結ぶライン上にあり、これを「正面」と仮定すると、
    身体が右前になって斜めになっている以上、
    この「正面」は、「左斜め前」に向いて開いていることになります。

    その証拠に、右足を一歩前に出して、それに準じて、
    上半身の右側が前になるという、斜めの身体にしたまま、
    いわゆる「前ならえ」をすると、左斜め前に両腕は伸びるはずです。
    なぜなら、そちら側が身体に対して「正面」だからです。

    やや分かりづらくなってしまったので、もっと卑近な譬えにします。

    焼き魚を載せるような長方形の1枚のお皿を、横長になるよう自分の前に置きます。
    その上に、取っ手を向こう正面に向けて、コーヒーカップを1個置きます。
    そのコーヒーカップの円の中心に、棒が垂直に接着して1本立っているとします。

    このとき、お皿は骨盤、カップは上半身、棒は軸です。
    取っ手の向いている方向を、原則「正面」とします。
    そして、現実的には、これが両足を揃え、刀を正面に持っている姿勢とします。

    さて、横長のお皿の左端を左手で、右端を右手でそっとつまみ、
    あまり軸の位置を変えずに、右側だけ前へスライドさせてみてください。
    すると、上に乗ったコーヒーカップの取っ手は、自然と左斜め前を向くはずです。
    コーヒーカップ本体を動かしていなくても、そうなるはずです。

    これが、いわゆる右半身(みぎはんみ)の状態です。
    このとき、取っ手の向いている方向が、
    腕の伸びる方向、あるいは、腕を伸ばす方向です。
    なぜなら、そちらが「正面」だからです。

    お皿を元の位置に戻すと、当然、取っ手も向こう正面に直ります。
    今度は、お皿の左側を前へスライドさせると、
    コーヒーカップの取っ手は、右斜め前を向くことになる。
    これが、いわゆる左半身(ひだりはんみ)の状態です。


    さて、このようなお皿セットの30cmぐらい前、
    取っ手の延長線の先に、ガラスのコップを置いて、
    これを、相手(=仮想敵)としてみます。

    このとき、「相手に向かって取っ手をまっすぐにしようとする」と、
    一体どうなるでしょう。

    オーソドックスな青眼(中段)の構えをとるときは、
    右足が一歩前へ出て、右半身の状態になっています。
    だから、左斜め前が正面になっているはずです。

    ところが、刀を持った腕はどっちへ伸びているかというと、
    明らかに「相手に向かって」伸びている。

    これは、お皿の右端を前へ出した形で固定しながら、
    コーヒーカップの取っ手が相手を向くように、
    わざと取っ手をコップ側に向けた状態と同じです。

    このとき、骨盤に対して上半身がねじれてしまったのかというと、
    そうではない。いわば「取っ手だけが」相手に向かったのです。

    実際のコーヒーカップでは、取っ手だけが移動することはあり得ないので、
    お皿を右斜め前にしたまま、コーヒーカップを調節して、
    取っ手をコップ側に向けてみてください。

    そのまま、お皿を、元の位置、すなわち横長の状態に戻すと、
    コーヒーカップの取っ手の位置は、この動きに準じて、
    自分から見て「右斜め前」に移動するはずです。

    ということは、実は相手に向かって打ち込んでいくときというのは、
    自分の身体に対して、右斜め前に腕が伸びているんだ、ということが分かる。

    この動きと、右足が一歩前に出る動きが一致することで、
    自分の「正面」が左斜め前なんだけど、刀は真正面の相手に向かう、
    という現象が起こるわけです。

    この複雑な、異なる動きの一致が、
    どのように刀が移動しているのかという「軌跡」を分からなくする、
    いわゆる「消える動き」というものを生み出しているわけです。


    自分の稽古日誌なのに……つづく!!

    (文責:早乙女)

  • #55

    稽古のつまみ第26回(その3) (金曜日, 25 8月 2017 14:48)

    前回「その2」からの続編で、最終回になります。


    まえまでは、獅子乱刀に関する静山の解釈を、
    私訳していきました。

    ですが、今回紹介するのは、静山自身が、
    自分の文章に、補足として注記した部分についてです。
    すべて記すとちょっと大変なので、訳文だけ記していきたいと思います。


    私(静山のこと)は常敬子に言った。
    「常智子の『秘伝録』に書いてある、
    高いとこでも低いとこでも、獅子乱刀はよろしい、
    というのは、習ったことがあるのですか」と。


    すると敬子は、「この文章の内容は、いまだ正しく伝わってない。
    だけど、常稽子が言うところの獅子乱刀は、
    右斜めに引いた太刀を、順に左に払って、返して逆に右に払う。
    かつ、その撃中に、「手裏の刀」、この刀を旨とせよと言っていた」と答えた。

    私(=静山)が思うには、「手裏の刀」というのは、
    かならずしも、この獅子乱刀のことだけには限らない。
    「杖威」(杖術のこと?)のごときも、みな同じことだ。

    かつ、順逆、左右に払うというのも、もとより「乱形の太刀」なんだから、
    このような動きになるのだろうけど、
    敬子の言うようなところでは、「引疲の格」でこれを防ぐという者は、
    防ごうとするのに、有効ではない。

    敬子は、稽子が伝えたというけれど、
    稽子は、智子の「秘伝録」に書いてあることに依拠して伝えたのではなく、
    ただただ、獅子乱刀について口伝を授かっただけだろう。

    もちろん、獅子乱刀というのは、あくまで「乱形の太刀」だから、
    「これがやり方だ」というのはないので、
    稽子の言っていることが、絶対に間違いだとは言えないけれど、

    これは「獅子奮迅」というところから出た技だから、この太刀の真意は、
    やっぱり「秘伝録」に載った「獅子乱刀」の方で、学んでいくべきだろう。


    とまあ、このようなことが、1つ目の注記として書いてあり、
    でも「尚来者の精考を俟つ」、いずれ誰かの詳細な考察をまちたい、とあって、
    結果的に「獅子乱刀」の実態が、自分でも分からないことを認めています。

    また、2つ目の注記には、次のようにあります。

    私(=静山)は、丙子(文化13年=1816年)の春に、
    喜多七太夫(喜多流の能役者か)の自宅で、能を見物した。
    そのなかに「烏帽子折」の能があって、この能には、
    金商吉次六が旅宿したとき、熊坂の一味が夜襲にきて、
    牛若丸がそれらの盗賊と戦うという場面があった。

    その太刀打ちのありさまを見ていると、牛若丸は、
    太刀を抜いて持って立っている。熊坂の手下どもが牛若丸に向かうと、
    牛若丸は、持っていた太刀を上段に廻して進んでいく。
    これはまさに「獅子乱刀」の仕掛け方であった。

    それならば、古代からこのような刀法は、
    よく使われていたんじゃないか、と考えた。

    そこで、能が終わって七太夫に「あの牛若丸の太刀の技は、
    どのように伝わってきたのですか」と質問してみると、
    「古い形です」と答えた。

    これをもって見るならば、謡曲「熊坂」の「獅子奮迅虎乱入」ということ、
    つまり獅子乱刀というのは、すなわちこの「烏帽子折」で演じられた、
    牛若丸の太刀のことであって、古い習わしなんだと思うに至った。
    今後、この技を、能に詳しい人に聞いてみたい。


    このような調子で終わります。謡曲「熊坂」にあった場面について、
    静山は、謡曲だから、セリフだけでしか分からなかったけれど、
    同じ話を、能役者が舞台で演じてくれたことで、実際の動きを知ったわけです。

    そこで静山さんは「あーー! 「獅子奮迅虎乱入」って、これ、
    俺が知ってる「獅子乱刀」とそっくりじゃん! やっぱ義経がしていた、
    「獅子奮迅」って「獅子乱刀」のことだったんだー!」と閃いたわけですね。
    頭の中で、いろんな点が線で繋がった、ということでした。

    そして、3つ目、最後の注記です。
    喜多七太夫の父親、湖遊さんに逢ったときのことが書いてあります。

    湖遊が言うには「某が中興の祖を、喜多左京長喜(長善の誤りか)といって、
    太閤秀吉の近習番をしておりました。ただ、この人は能役者ではありません。
    長喜という人は、近侍する武士でした。

    ですが、能が好きだったので、能の技術に詳しかったので、
    秀吉が、長善(長喜ではなく、こちらが正しい?)を「能の奉行」として、
    能のことを沙汰させました。

    これより大坂没落(大坂夏の陣のこと)の後、
    長善は九州に行き、黒田長政のところへ寄寓していました。

    そのとき、神祖(家康か)がこれを聞いて、
    長善が能のことに詳しいので、召して大坂の作法で、
    御当家の能太夫であった観世などに伝えることを命じました。

    神祖が薨去すると、台徳公(徳川秀忠か)の命令に従って、
    しばらく御当家へお仕えして、有職故実を教えていましたが、
    西国へ帰りたいと申し出ました。

    このとき、台徳公が命じたのは、

    「お前は武士であるから、二君に仕えないという義がある。
    今に至っては、すでにこの義はない。
    こころざしを変え、身を捨てて、長袖(武士ではなく、
    茶人や歌人の類、髠頭法外の者のこと)となれ」

    ということでした。そこで長善は「七太夫」を賜り、
    名を「長能」と改めるよう命じられたのです。
    これより、長能として能役者となりました。

    この人が、私、湖遊の直系の先祖であります。
    その先は、足利の頃、仁木左京大夫からの系伝があります。

    長能は、もともと武士で、剣技は柳生但馬守宗巌の門人でした。
    かつ、腕前もあったそうです。例の「烏帽子折」での太刀打は、
    この元祖長能のころより伝わったものですから、
    思うに、長能の所作で、柳生の刀法を用いたのではないでしょうか」

    私(=静山)は、この湖遊の話を聞き、推測するに、
    是水(伊庭惣右衛門のこと)は初めのころ、
    柳生で技を学んで、その後、心形刀流の創始者となった。

    喜多のところに伝わっている技も、
    また、柳生より流伝したものであるならば、
    その根っこは同一のものということになる。
    だから「獅子奮迅」の遺風が伝わっているのだ。


    とまあ、このような感じで書かれていて、
    なんで能役者が演じた牛若丸の獅子奮迅の場面に、
    うちの心形刀流の「獅子乱刀」みたいな本格的なのが残ってるのか、
    不思議だと思っていた静山さんでしたが、

    よくよく、喜多七太夫の能の流派をさかのぼってみると、
    創始者の能役者は、もともと柳生に習った武士の長能(長善)さんで、
    この人が牛若丸の振付に、獅子乱刀の型を残したんだから、
    同じ柳生新陰流に教わった自分たちの心形刀流の獅子乱刀と、
    形がそっくりなのは当たり前だ、と腑に落ちました、という話でした。

    このことは、心形刀流の技が、柳生新陰流の名残があることを、
    静山が示唆するものであって、昔の武士というのは、
    さまざまな道場で習って、自分の基礎を作っていったことが分かります。

    (文責:早乙女)

  • #54

    稽古のつまみ第26回(その2) (金曜日, 25 8月 2017 14:40)

    前回「その1」からの続編になります。

    獅子乱刀に関する、本文の続きからみていきましょう。

    又此(またこの)太刀は、表に仕(つか)ふとき、始め右の後へ斜に曳(ひ)きたる刀を、左の上へ水走に打揚(うちあげ)て、右の下へ水流に払ひさぐるなれば、彼払撃のときも、右より左へ逆回にすること察す可し、故に高に居る者には、膝車の如く□(すね)を薙ぐと言ふ、是我が逆回の順路にして、其中より刺撃を出すと云ふ

    ここまで「獅子乱刀」には「型がない」ということを書いてきましたが、
    実は……あります! それは、表の型の場合です。

    為太刀、つまり、相手に向かっていく側は、
    まず歩み寄って、刀を左半身(ひだりはんみ)になって引き、座して構えます。
    左半身なので、左肩と左足が、相手の中心を取っている状態です。
    片膝を立てているような状態ですが、もっと体は開いています。

    このとき、刀は斜め後ろへ、斜の構えのように持っています。
    だから、相手は刀の柄頭は見えるけど、実際の刀の長さは見えづらい。

    そこで、相手が上段から打ってくるのに応じて、体を正面に直して、
    その間に刀を立てて、いわば座った青眼のようになって、
    相手の打ち込みに対応します。

    そのまま1回、刀を寝かせて、
    相手の腹を薙ぐように、刀を払う動作が入ります。

    相手が上段の構えで、一歩下がってこちらの薙ぎに対応したところで、
    こちらは、刀を左へ引き、右半身(みぎはんみ)になって座して構えます。
    右肩と右足が前に出て、相手の中心を捉えている状態です。
    左の斜の構えを、座ってしているような状態です。

    そこへ相手が上段で打ってきたのに応じて、
    先程と同じく、座った中段のようになって迎え打つ。
    そこから、再び左半身で座って、最初のように構える。
    こんな感じの型です。

    静山の文章と組み合わせると、なぜ、上段の構えで立っている相手に対して、
    自分は片膝を立てて、半身でしゃがむのか、よく分かります。
    すなわち「高所」にいる相手を想定しているのです。

    だから、途中で腹を薙ぐ動作が入りますが、
    これは腹を薙ぐイメージよりも、相手のスネを水平に薙ぎ払うという、
    払い打つという型の本質を表した動作かもしれませんね。

    「左の上へ水走に打揚て、右の下へ水流に払ひさぐる」というのは、
    座した姿勢から、水平にスネを薙ぎ払うように起き上がっていき、
    ついで、右の下へ向かって払うように打つ、と。

    スネのあたりを水平に薙いだ刀なので、右の下へ向かうためには、
    おそらく左廻剣をしているのだと思います。

    「彼払撃のときも、右より左へ逆回にすること察す可し」は、
    自分が攻撃するときのこの形を、
    相手から打たれたときには、反対の形で使って対応しろ、ということでしょう。

    ……よく分かりませんが、そういうことだと思います。


    又卑(ひく)きに居るとき、敵我が□(すね)を薙ぐには、引疲の格にて防ぐと云ふも、敵刀の来る、皆吾逆回の中にあれば、其撃会に当て、回刀の中より輒(すなわち)之(これ)を抑当するなり、是にて秘伝録の旨は観るべく、因て獅子乱の法も知るべし。

    何度も言う。「引疲の格」って何?! 
    そして「皆吾逆回の中」って何?!
    敵の太刀筋はみな、自分と逆の方向から来るということ?

    ここにある「回刀」が、いわゆる廻剣のことだったとしても、
    現在、当会で見る「四本目」は、そんな感じじゃないんだよねー。
    ただ、右、左と、半身が入れ替わるのは確かだから、
    次々と「体(たい)」が入れ替わる目まぐるしい動きにはなります。

    又此(またこの)獅子乱刀のことは其由(そのよ)る所あり、まづ「熊坂」の謡(うたい)に、金商(かねうり)吉次が旅宿に熊坂が盗賊に入りたるときのことを云ふに、「機嫌よきぞ、早入といふは程も久しけれ、皆我さきにと、たい松をなげこみ(なげこみ)乱入、いきをひはやうやく神(しん)も、面をむくべきやうぞなき、しかれども牛若子、すこしもおそるゝ気色(けしき)なく、小太刀をぬひて渡りあひ、しゝふじんこらんにう、ひてこのかけりの手をくだい、せめたゝかへばこらへず、面にすゝむ十三人、おなじ枕にきりふせられ、其外手をおひ太刀捨」と見ゆる、此中しゝふんじんと云者、此即獅子乱刀の太刀にして、古より伝へたる法なり、さて謡と云ものは何とも室町頃のものにて、近くも御入国以上のものゆへ、ししふじんの刀法も久しきこと也

    『謡曲大観』で本文検索でもすればいいんでしょうが、
    面倒なので、原文に準拠せず、静山が伝えたとおりに見ていくことにします。

    静山がいうには、謡曲に「熊坂」という曲目があって、
    盗賊熊坂が夜襲を仕掛けてきたところを、源義経(牛若)が撃退しました、
    という内容の曲のようです。

    その場面のなかに「ししふじんこらんにゅう」、
    漢字を宛てると「獅子奮迅、虎乱入」という部分があるんだ、と。
    で、これは、心形刀流の「獅子乱刀」なんだ、
    だから「獅子乱刀」の起源はけっこう古いんだ、ということだそうです。

    然ども此謡にては、たゞ文句のみにて、此太刀は奈何に為たるやは弁じ難きことなれども、此処しゝふじんと謂ふの出処は、遠く仏教に見ゆ、其は釈禅波羅密次第法問云(以下、経典から「師子奮迅」に関する文章が引用されるが省略)、是仏教の釈語なれども獅子奮迅の本は是なり、師子は獅子と同じ、此釈語の中を見て、獅子の奮迅の有様はくはしく知るべし。

    で、謡曲に掲載されているだけだから、
    あくまで詞章なので、牛若の使った「獅子乱刀」が、
    実際にはどういう太刀捌きであったかを論じることは難しい、と。

    でも、「釈禅波羅密(正しくは「蜜」)次第法問」という経典の中に、
    師子奮迅という言葉があって、これは獅子奮迅と同じだから、
    どういう様子なのかは分かるんだ、と。

    さらに静山は、持ち前の博学を活かして、漢籍からも出典を提示します。
    以下、漢籍からの引用が混じって文章が分かりづらいため、
    恣意的に『 』などを付けて補います。

    「奮」は『説文』に「翬也。翬は大飛也」と云ひ、『爾雅』「釈鳥」に、「鷹隼醜、其飛也、翬、註、鼓翅翬々然疾、疏翬々、其飛疾羽声也」とあれば、奮とは其勢ひ殊にひどく有る也、「迅」は『説文』に「疾なり」と云て、迅はひらりひらりと早きことにて、獅子の悍猛の勢、一とほりならずして当り難きを謂ふ、

    平たく言えば、「獅子奮迅」というのは、獅子のごとき猛々しい勢いで、
    鳥の飛ぶように激しく、ひらひらと舞って動きが千変万化であり、
    敵は簡単にこれを捉えることは出来ない、という様なのだ、ということです。

    且(か)つ此時(このとき)前に進んで迅きのみならず、卻行と後へ引くにも、勢ひありて迅きを謂とあれば、予始めに言へるが如く、乱形の太刀にして、発撃して其退(そのしりぞく)太刀にも、撃勢を有て、発退に皆奮迅なるなり、是卻行するにも奮迅して帰ると云ひたる所なり、亦釈道行者の修学の模様を、剣術修練の手際のうへに思ひ比べても察すべし

    ここには、獅子奮迅の動きの実際のようなものが記されていて、
    前に進むときに早いだけでなく、後ろへ行くときにも同じように勢いがある。
    今「卻行」という語が分かりませんが、退くということと同義でしょう。

    獅子乱刀は「乱形の太刀」だから、「発撃」、つまり相手に向かって打つときも、
    あるいは「退撃」、つまり引くときにも、獅子奮迅の勢いがある、と。

    思えば四本目の太刀は、確かに引いてしゃがみ、相手に向かって打ち、
    また引いてしゃがみ、相手に向かって打ち、そしてまた引く、
    というのを、左、右、左と、半身を入れ替えて、
    かなり素早く行います。そのことを記しているのでしょう。

    「釈道行者」というのが何のことかは分かりませんが、
    修験道とか、そういう連中のことを言っているのかもしれません。


    まだまだつづきます!


    (文責:早乙女)

  • #53

    稽古のつまみ第26回(その1) (金曜日, 25 8月 2017 14:38)

    本日もアクセス、ありがとうございます。


    細谷講師、野本講師、佐藤会長へご迷惑をおかけしながらも、
    自分の心情を最優先したがために、
    つまみ第24,25回で、暗黒面へ落ちました。


    あまりにひどい書き方だったので、
    いったん、閑話休題をはさませてもらって、
    今回から、「稽古のつまみ」をまっとうに立て直すために、
    松浦静山の『劒攷』(けんこう)から、具体的な技の紹介をしていきます。


    その前に、牧秀彦『古武術・剣術がわかる事典』(平成17年3月10日、技術評論社)、
    という著書から、静山さんについての情報を載せておくと、
    彼は伊庭道場の直門ではないそうです。

    心形刀流の二代宗家は、伊庭軍兵衛秀康(1675-1739)という人で、
    この人の高弟に水谷権大夫という心形刀流甲州派の開祖がおり、
    そこに連なるのが岩間大助という剣客でした。
    静山は、この岩間大助に学んで印可を授けられたそうです。

    その後、六代宗家の伊庭八郎次秀長(1771-1842)より、
    「心形刀流兵法口伝」「心形刀流剣法家伝」を受けて、
    さらに秀長の依頼で文化9(1812)年に『伊庭氏剣法家伝略記』を著した、
    ということでした(224-225頁)。静山さんは、改めて凄い人物ですね。


    そんな静山が記し、このたび紹介する技というのが、
    その名も「獅子乱刀」(ししらんとう)。
    いつものように、本文をチョチョチョっと紹介して、
    私訳に移っていこうという手順です。


    これ表七本の四本目の太刀なり、然れども其名の出づる、後剣師これを審(つまびらか)にせざる乎(や)、此名詳(つまびら)かならざれば其術の為(な)す可(べ)きなし、因(よっ)て今此法を学ぶ者、徒(いたずら)に其師の手動を視伝して、自ら心中の活術を得ず。

    どうも静山によると、この「獅子乱刀」というのは、
    名前は伝わっているけど、実際にどういう内容なのか、
    だれも詳しく知らない、ということなのです。

    だから、師匠が「これが獅子乱刀だ」というのを視て、
    自分でやろうとするけど、どうも腑に落ちない。
    そこで、静山は記します。

    予(よ=私のこと)因(よっ)て其名義(そのめいぎ)を審(つまびらか)にして、後生をして其術を得せしむ。

    「俺に任せろ」と。
    「俺がどんな技なのか、明らかにして術を学べるようにしてやる」と。

    夫(それ)この獅子乱刀は、我敵に対して、気を鋭にして之(これ)に駛駆(しかけ)、片手にして敵を払ひ撃つ太刀なり、獅子は猛獣の名なれば、鋭気を之に象(かたど)りて謂ふなり、また乱と称せし者は、乱形の太刀にして定処(さだめどころ)なき也。

    静山によりますと、自分の気迫を鋭くして相手に仕掛ける。
    この気迫の鋭さを比喩して「獅子」と言っているのだ、と。
    そして、肝心の「乱刀」とは、定型がない、というのです。

    ……え?!
    ってことは、獅子のような気迫で、しっちゃかめっちゃか振り回したら、
    獅子乱刀なの?! という……。素読すると、そのように読めます。

    伊庭の目録・口伝・秘書に云、獅子乱刀、多勢に向ふ時、一人に眼を付、残る人の動に応じて勝つわざなりと見ゆ、茲(ここ)を以て思ふべし、一身を以て多勢と戦ふとき、定形を以て対すること能(あた)はず、必ず乱形に非ざれば為(な)し難(がた)し。

    これによると、獅子乱刀は、そもそも一対一の戦いを想定せず、
    一対多数を想定した剣術であることが分かります。
    ある一人にターゲットを絞ったら、「後は野となれ山となれ」じゃないけど、
    残る人がどう動いてくるのかなんて、分かりません。

    一対一なら、何らかの「型」の動きで対応できるかもしれないけど、
    それをやっている間に、他の人間が、どんな攻勢を仕掛けてくるか、
    分かったもんじゃないわけです。3人同時にかかってくるかもしれない。

    だから、「多勢」という想定が何人であっても、
    何らかの「型」で立ち向かうことは、事実上できない。
    裏を返すと、「多勢に対応する剣術の型なんてない」ってことです。
    そこは「乱形」、すなわち「あるようでない型」のようなものを使って凌ぐ、と。

    そしてそれは、静山が本文に記したように、
    どうも「人の動きに応じて勝つわざ」のことを指すようです。

    こちらから仕掛けず、相手の出方に応じる。
    相手の動きのパターンなんて、無数にあるわけですから、
    それらに対して、いちいち「このときはこれ、こうなったらこう」なんて、
    あらかじめ「型」を無数にインプットしておいて対応しましょう、なんて無理!

    だからこそ、相手の「無数のパターン」のどれが来ても、
    常に応じて勝てる、千変万化に動ける身体、上かと見れば右に、
    左かと見れば下に、風に乱れて動く木の葉のような「型のない型」こそ、
    「乱形」である、ということになってくるのだと思います。

    ものすごく卑近な言い方をすれば「マニュアルがない」ってことですね。
    「右から来たらこうしましょう。左から来た場合はこうです。
    これが獅子乱刀の型です」なんてものはない。

    多勢に無勢の、無数の動きに、一つの身体で千変万化に応じる。
    ここらへんが心形刀流の極意っぽいところです。

    又一を以て衆に対するものは、鋭気に非ざれば為し難し、これ獅子を以て名づくる所以(ゆえん)なり、

    そんなわけで、一人で複数人を相手にするんだから、
    獅子のような気迫で臨まなければ、そもそもダメじゃん。
    ということで、単なる「乱刀」ではなく「獅子乱刀」の名がある、
    ということのようです。

    又常智子の「武功秘伝録」に云く、高地に敵を受けたる時は、獅子乱刀宜(よろ)し、若(もし)敵切掛(きりか)からずば、膝車の如く□(隨の字の偏が「月」になった字が書かれていて、「すね」とルビされる)を薙(な)ぐべし、我高地に居る時も獅子乱刀よろし、敵□(すね)をなぐ時は、匹疲(ひきつかれ)の格を以て之を防ぐとあり、斯(か)くの如くにして、高下同法なれば、何れとも払撃乱形の太刀なること知る可し

    今、「常智子」という人物を調べていませんが、
    この人の「武功秘伝録」という書物には、次のように書いてある、
    と、静山は引用しています。

    それによれば、高いところにいる敵を迎え撃つときは、
    獅子乱刀が有効だ。「膝車(柔道では、膝を足で薙ぎ払う技のこと)」のように、
    相手のスネを刀で薙ぎ払うのだ、と。

    また、自分が高いところにいて、相手を迎えるときも、
    獅子乱刀がいいのだ、と。相手が自分のスネを薙ぎ払いに来たら、
    「匹疲の格」で、これを防ぐのだ、とあります。

    残念ながら「匹疲の格」は不明です。
    ただ、後半にある「引疲」と同じことでしょう。

    自分が相手より高いところにいても、相手より低いところにいても、
    払って打つ、という原理は同じ、ということのようです。
    片手で払って打つ、それも、決まった型のない技、それが獅子乱刀のようです。

    次回につづく。

    (文責:早乙女)

  • #52

    稽古のつまみ第25.5回(閑話休題) (金曜日, 25 8月 2017 14:33)

    本日もアクセス、ありがとうございます。
    今回は閑話休題、いつも以上の雑談編です。

    みなさんは、新聞をお読みでしょうか。
    ほとんどネットニュースばかりになっている方もいることでしょう。

    以前、ネットが普及し始めたころ、紙媒体からの人離れを危惧して、
    新聞連は「Newspaper In Education」を標榜し、
    早くから新聞離れを食い止めようと画策していました。

    ですが、根本的に教育制度が破綻している現在においては、
    NIEも、あまり功を奏しているとは言えません。
    そもそも親世代が新聞と縁遠くなりつつあるので、
    子どもに至っては、何をかいわんやです。

    リアルタイムな出来事とのタイムラグ解消は、ほぼ解決不可能な課題だし、
    講読料金を払わなくても、ネットに繋がっていれば、
    誰でも無料で見られるネットニュースには、どうしても叶わない。

    だから、大手新聞がこぞってネットに流れ込むわけだけど、
    ネットは「誰もが無料で、世界中の情報とアクセスできる」という本義が分からず、
    結局は「続きを読みたければ金払え」という傲慢で商業的な態度なので、
    会社の社員であるとか、そんなものでもなければ、見てくれない。

    記事の集約に偏りはあっても、人が見る記事なんて限られているわけで、
    だったらタダで見られる方に選択肢が流れるのは自然なことです。

    おまけに、新聞媒体は、本来中立で、かつ反権力的であるべきところが、
    政府の御用新聞になり果てたものだとか、記事と広告の境目があいまいなものとか、
    どうでもいい読者の愚痴を聞かされる場みたいなものにまでなっていて、
    そんなものを、わざわざ金を払ってまで読む奇特な人は、確実に減りつつあります。

    集金人は優しくて感じのいい人が多いのに、
    加入を迫る人には、強引でぶっきらぼうな人が多いのも、
    儲けるためなら何でもやる、という大手の野放図な態度が露骨で、
    そんなん呆れられて当然なのですが、30年以上前から変わりません。

    大手のこうした旧態然とした態度は、
    若い人にバカにされることが理解できてないので、
    若い人はいくらでもネットの世界へなだれ込んでいくのが現状です。

    しかし、メディアの少なかった時代、
    あるいは、新聞がメディアの中心だった時代には、
    ペンは剣より強しで、大衆から知識人まで耐えうる記事が、
    あらゆる種類の新聞形態で、実に多彩に報道されていました。

    以前、誕生日の人に、同じ日付の古い新聞をプレゼントする、
    ということが、TVメディアで報道されたことがあります。
    そのような古い新聞記事を見ると、武道に関する面白い記事を見つけることがあります。

    たとえば大正14(1925)年12月27日付け『読売新聞』の朝刊三面、
    「古武道を傳える名人たちの映畫」と題された記事は、
    当時の文部省が「精神教育に資すべく」、全国各地から、
    一流の武道大家を人選している、というものです。

    佐分利流槍術の名人で、豊後国三原藩の武士であった、
    倉橋誠太という、当時82歳のご老体を初めとして、
    剣道は一刀流、神影流、東軍流、無念流の各派なども取り入れる予定で、
    その映画が作成された理由は「日本の武士道を物語る歴史的なものが、
    だんだんすたれて、昔をしのぶ事が出来得なくなる」からでした。

    一刀流とは、伊藤一刀斎景久が創始した剣術の流派。
    神影流は、新陰流のことでしょうが、上泉伊勢守信綱を開祖とする流派。
    東軍流は、大石内蔵助も学んだという、川崎鑰之助時盛が興した流派。
    無念流は、福井兵右衛門を開祖とする、神道無念流のことでしょう。

    ただ、僕が面白いと思ったのは、
    記事の見出しに「古武道」とはっきり書かれているけれど、
    列挙されたものは、「剣道、柔道、薙刀、槍術、弓術、鎖鎌」のほかに、
    「角力、やぶさめ、けまり」まで入っていることです。

    これらはいずれも「古武道」であり、そして、
    「日本の武士道を物語る」ものとして位置づけられていた。

    ここにいう「剣道、柔道」は、ひょっとすると、
    感覚的には「剣術、柔術」に近いのかもしれません。

    この記事に書かれたことの続きかと思われるのが、
    同じく『読売新聞』の昭和2年5月10日の朝刊7面にあります。

    「わが古武道をドイツに紹介」と題された記事で、
    これを読むと、文部省社会教育課が、古武道の各部門について、
    それぞれの分野の権威者に頼み、秘術や妙技を収めた映画を作成していて、
    それが5巻にもなっていたことが分かります。

    それを、ドイツへ学術交換に行く教授に持たせた、
    ということが記されて、そこには先ほど見た「古武道」の中に、
    さらに「砲術」も加わっていました。

    記事を信じるならば、この5巻の映画には、
    先述した倉橋氏の佐分利流槍術を筆頭に、
    加賀前田藩士である中山博道氏の神道無念流、
    伏見宮妃殿下で山内侯夫人の鎖鎌、
    高松てる子女史の真影流の薙刀、というものが収められたそうです。

    ついでに、ドイツへは、
    日本人女性で初の五輪メダリストだった陸上選手の人見絹枝氏の映像、
    秩父宮殿下が立山でスキーをした映像、
    なんてものも持って行ったようです。

    比較的、新しい記事だと、昭和34年9月2日の『読売新聞』朝刊5面には、
    ローマ五輪のレスリング代表候補選手の第一次合宿の様子が報じられ、
    その記事には「古武道とり入れ猛練習」と見出しがうってあります。

    この「古武道」とは何だろうと記事をみると、「柔道、合気道など」とあって、
    たぶん、このことでしょう。

    このときの「レスリング日本」のスケジュールがちょっと面白いので、
    次に載せてみました。僕もこれぐらい古武道を稽古すれば、
    ちょっとは上達するのかな、と思います。

    朝6時半:起床。体操。
    合宿から約15分かかる営舎の食堂まで行き、朝食。
    8時半:9時半まで柔道、合気道などの技まで取り入れての技術練習。
    9時半:10時半までスパーリングorかけ足
    午前零時半:昼食。その後、「午睡」。
    午後2時:午後3時まで技術練習とスパーリング。
    入浴(自衛隊の消防車が頭から水をぶっかける)
    午後5時:夕食
    午後8時:就寝

    このようなことを繰り返すと、
    7日目あたりから余裕が出てくるそうです。

    入浴に「自衛隊」とあるのは、この合宿というのが、
    横須賀市武山の陸上自衛隊武山駐屯部隊の屯営内で行われるからです。
    なんでも宿泊料は無料、食事は隊員とともに3食120円(当時)。
    カロリー不足の分は、コンビーフ、卵、チーズ、牛乳、リンゴ、トマトで補い、
    この買い出しも150円で済んだそうです。

    1日の出費が格安で、かつ実績を上げられるとあって、
    当時の八田日本レスリング協会会長の良案だったようです。

    最後に紹介するのは、
    昭和35年4月28日付け『読売新聞』夕刊4面の、
    「日本古武道ワンダフル」と題された記事です。

    ここには、「合い気道」「剣道」「弓道」「柔道」から、
    それぞれ4名の外国人を紹介し、彼らを特集したものでした。
    これを読むと、外国人が古武道の何に着目したのかが、
    よく分かります。

    まず「合い気道(注:新聞表記のママ)」は、スイス人女性で、
    合気道については「大変合理的なワザです。
    関節は逆には曲がらない、それを利用しているのですから」
    と言い、スイスへ黒帯をおみやげに持って帰る、と話しています。

    「剣道」は、退役米空軍少佐の男性。剣道4段。
    柔道は2段だが、鎖骨を折ったために止めています。
    剣道大会で優勝したときに貰った日本刀に惹かれ、
    帰国するまでに、居合も初段を受けたい、ということでした。

    「弓道」は、上智大学でギリシャ語・ドイツ語・哲学を講読し、
    神学館で神学を修学するカトリック教徒でもある28歳の青年。
    和弓の難しさと美しさのとりことなり、弓術ではなく弓道を探求する彼は、
    日本にいる3年の間に、ぜひ段位を取って帰りたい、と話します。

    最後の「柔道」ですが、イスラエル、スイス、アメリカ、ハワイの諸氏。
    講道館で段位を取りながら、いずれも故国で柔道教師になる夢を持っています。
    現在は分かりませんが、この記事によれば、ヨーロッパでは、
    柔道教師はモダンな職業で、収入も一般社員より高く、
    尊敬と社会的地位と金に恵まれるのだそうです。

    面白いのは、彼らが、稽古着が汗だくになる夏や、ひんやりする冬は、
    稽古を敬遠しがちである、ということ。

    当時の講道館の方によれば、外国人は柔道を、
    「健康維持のためのスポーツ」と割り切っているからだろうと話しています。

    最後の部分は余談でしたが、この4名の外国人を見るかぎり、
    精神的な理由にせよ、生活上の理由にせよ、いずれの人も、
    古武道の場で「段位」を得ることに、主たる意義を見出しているということです。


    ということで、当会は「段位」の設定がない道場ですが、
    段位が、何かカッコイイ刀の型を覚えた、ということのための証ならば、
    当会には、無段の人ばかりでしょう。

    そのかわり、基礎の基礎、「そこは秘密にしてこそ飯の種なんじゃないの?!」
    という部分を、惜っっっ…………っしげもなく披露する会なので、
    その点は、本当に心から、細谷さんたちに出会えてよかったなー、
    という部分でありますし、外国人が触れ合ったらどう思うのかなー、
    と、いらぬ妄想に馳せるところでもあります。

    (文責:早乙女)

  • #51

    稽古のつまみ第25回 (金曜日, 25 8月 2017 14:25)

    本日もアクセス、ありがとうございます。

    以前私が、細谷さんが所属し、当会の前進母体であった、

    「海老名古武道研究会/藤沢居合道教場」
    ※現在、ネットでここにアクセスすると、
    まったく無関係のサイトへ繋がるので、ご注意ください!

    にいたころ、細谷さんが教えるために発する言語は、実に難解だった。

    「頭が風船のようになる」「居合では、軸を9本使う」
    「重心が身体の中でキャッチボールしている」「ハンドルを握ると斬り手」
    「棒を動かすときは先端が窓の外にある」「兵隊さんの敬礼」……

    とにかく、そこらへんは枚挙にいとまがない。

    おまけに、「重心」とか「肩甲骨」とか「膝のゆるみ」とか、
    なんとか物理的に、あるいは「行為」として発現できるような指導、
    そういったことを、(少なくとも私がいるときには)一言もいってくれなかった。

    たいてい「パっとやる」だし、どう見たって違う動きでも「同じ」で終わる。
    稽古の場では、この、細谷さんの言語を読解するのに、まず多大な労力を使った。

    細谷さんご自身が、過去を「内省すべき対象」とご理解されたのだろうか。
    最近は、かなり贅を尽くしたレクチャーをしてくださるが、
    何より大きく変化したことがある。

    それは、細谷さんご自身が、技にかかってくれることだ。
    もう少し精確に言えば、かけられる側に回ってくれていることだ。
    以前の細谷さんは、かけるばかりで、自分に技をかけさせることはなかった。

    当然私も、師(当会では「先生」や「師匠」とは呼ばない決まりだけど)に、
    自分から「技」をかけるなんて生意気だから、
    そういう場がないものだと心得ていた。

    だが今では、現代柔道で言えば、オリンピックのメダリストを相手に、
    素人が技をかけて、それにゴロンと転んでくれるようなものだ。
    だから、今の会員は、相当に贅沢な思いをしていると、私は勝手に思っている。

    さて、現在定期的に当会へ来られる野本講師は、説明の分かりやすさ、
    インストラクトの巧みさ、それらに抜群の定評がある。
    何より、論理を自分の身体で実践するので、説得力が大きい。
    これは、遠江講師も、細谷さんも、同じことだが。

    その野本講師の説明を拝聴していると、ふと思うことがある。
    それは、「もし最初から野本さんに教わっていたら、
    自分は、きっとこの身体になることはなかった」ということだ。

    それは、細谷さんへの当てつけではない。
    かといって、別の書き方をすると、今度は野本講師への皮肉になってしまう。
    言葉というのは難しいが、語弊を承知で続けさせてもらう。

    平たくいえば、野本講師から詳しく教わりすぎるうちに、
    私の性格上、野本講師に甘えてしまって、おまけに野本講師への憧れだけが先行し、
    なーんも自分で考えない人になっていただろう、ということだ。
    ただでさえ、半ばそういう面があるのだから、そら恐ろしい。

    野本講師の言語は詳細で、極めて細分化されたところまで説明を尽くす。
    比喩も的確だし、自他を細部まで客観化できるから、調整や指摘も正鵠を射る。

    私という身体と、技というものが、浮島のように2つあったならば、
    そこに見事な架け橋が渡され、瞬く間に両者を繋いでくれる。
    もっといえば、「車で、時速40kmで行くんだよ」「あの島のマニアな店はね」、
    ということまで教えてくれるだろう。

    野本講師のレクチャーとは、まさにこんな微に入り細をうがつ世界だ。

    対して、私が初めて当会へ所属したころ、
    それこそ「野本さん」という人を、単なる噂だけで仄聞していたころ、
    たしかに、細谷さんの言説は難しかった。

    同じ比喩を使うと、私と技という2つの浮島は、
    常に、靄か霧で覆い隠されているような状況であり、
    技へ辿りつくまで、暗中模索、掻き分けて、何度もさまよう必要がある。

    だが、その霧がかすかに晴れて、遠くに「技」という島が見えたとき、
    そのすがすがしさと、発見の驚きは、感動に値する。
    (野本さんの教えには感動がない、という意味ではないので念のため)

    野本講師の教えは、次々と現れる「技」という浮島を、
    匠のレクチャーでもって、次々に橋をかけてくれることで、
    一見、異なる現象や技を、「こんなふうにつながっているんだ」と分からしめる。
    そこに、大きな感動があることは間違いない。

    だが、一方で思う。結局、それは「自分で考えてない」ということを。

    そこにあるのは、充実した知識であるが、
    実は、自分の思考が無視された知識であり、
    感動や理解はあっても、悩みだとか苦しみがない。
    あるとすれば、要求に応えられない、もどかしさぐらいだ。

    対して、細谷さんの言質は、確かに野本さんのそれに比すれば、
    分かりづらいといえる。いくつもの浮島が、松島のように広がって、
    それらは、朝もやの中に浮かび、なかなか全貌を表さず、
    個々の島々がつながりを見せることも、容易にはあり得ない。
    技という島を探求する旅人は、非常な苦難を課せられるだろう。

    だが、モン・サン=ミシェルのような高見の1つ1つが、
    霧が引き、汐の引いた海に、拙く細くも、確かな「道」を見せ始めると、
    私は、それらを、自力でほかの島々へと巡らせるようになる。
    虹のように儚い橋でも、自力で架けてみたくなる。

    それは、武道しながら思考する身体だ。

    そこに野本講師の解説が加わったとき、本当に霧が吹き飛び、
    一気にはるかな島々まで、無数の橋が繋がる感覚を得ていく。
    それが、私が見た本当の感動だったし、一種の達成感でさえあった。

    それゆえに、遠くの島までつながりが見え(ていると錯覚し)ながらも、
    身体がままならないことが、悔しくてならない。
    細谷さんと野本講師との繋がりが、目に見え(ると錯覚してい)るのに、
    自分の身体は、その要求を、一分も叶えようとしない。

    思えば細谷さんは、かつて「そこを考えてほしい」と、よく仰っていた。
    心形刀流の「本心を練る」を達成するためにも、必要なプロセスだからだ。

    今、私は分かりやすく丁寧で、親しみ深い野本講師に教わりながらも、
    片隅で、細谷さんの難解な言語を、散文的で韻文的な言語を懐かしく思う。
    最近、細谷さんはめっきり、その手の詞章を使わなくなってしまった。

    難解さを自分で解き明かすから楽しいのだし、そこを悩み尽くしているときに、
    野本講師から、ふいに翻訳してもらえるからこそ、
    盲を啓かられ、感動するのだ。最初からすべてを教わったら、そんな感動はない。


    分かりやすく教わってばかりいると、
    自分で何とかしてみよう、という気持ちや考えが減ってくる。
    だから、野本講師というハシゴを外されたら、
    結局、自力で何かをすることが、出来なくなるんじゃないか。

    古武道に説明書はおろか、ゴールや「本当の答え」なんてないし、
    先生がいるかいないかが、自分が出来るか出来ないかを決めているわけでもない。


    だから、自分で考えたい。
    せっかく細谷さんと出会って「心形刀流」という概念と技を知り、
    野本さんに出会って、さまざまな切り口を教わっているのだから。

    もちろん、100の頭でっかちは、1の実戦には叶わない。
    だが、何のためにしているのか分からない100の無駄稽古なら、
    1の学びから何かを得ることに時間を割く方が、意味がある。
    やらなきゃ得られないように、学ばなきゃ分からないことがある。

    詰まるところ、頭と体の両輪が、稽古の具だ。
    その解決には、共に稽古する仲間が必要になる。
    その仲間のところへ、素直に入れない自分は、
    たぶん、いてもいなくても変わらない存在なのだろう。


    以前、稽古の後の「ガスト」で、私は細谷さんから、
    「稽古のつまみで、1つだけやめてほしいことがある」と要望された。
    それは「自分を褒めすぎないでほしい」だ。だから、今回は細谷さんを褒め称えない。


    細谷さんと野本さん、どっちが講師として優れているかという、
    実に下らない天秤の話を、ここまでしてきたのではない。
    このお二人という両輪が、実に素晴らしく機能しているのが当会だ、
    ということを、改めて伝えたかった。これが私の本心である。あとは練るだけ。

    ということで、約束通り細谷さんを褒めず、
    当会を褒めて、今回は擱筆。


    (文責:早乙女)

  • #50

    稽古のつまみ第24回 (金曜日, 25 8月 2017 14:14)

    本日もアクセス、感謝します。
    ただ、今回はバカみたいな内容です。ヒマな方以外、
    目を通すのを控えていただければと思います。


    2017年8月13日、当日の稽古は、
    細谷講師のみならず、野本講師、遠江講師も来られ、
    新規入会をしてくれた大学生もおり、
    稽古内容も、とても充実した楽しいものだった。

    だが、私自身は、とてもつまらなかった。

    稽古中に、左の膝が痛くなったこともあって、
    始終、自発的なビデオ撮影係に徹することになったこともあるが、
    正直なところ、いてもいなくても同じだと思ったことが大きい。

    稽古をするという行為は、
    ただ声をかけてくれることを待つだけでなく、
    自分からその場に飛び込むことが大切だ。

    この稽古では、そういうことに積極的でない自分を、
    またしても痛感することになった。

    だが、こうなると自分は、ひどい疎外感に苛まれて、
    精神的に、とてもダウナーになってしまう。
    稽古にも身が入らないし、周囲の目や気遣いがつらくなる。

    途中で「もう帰っていいですか」と聞きたくなったり、
    楽しそうな周りの姿を見ているだけで「なんで今日来たんだろう」と、
    真剣に悩んでしまう。いてもいなくても変わらないからだ。

    自分でもなぜそういう気持ちになるのか、原因は分かっている。
    中学2年生のときに受けた酷いいじめだ。
    14歳で365日、私は孤独だったし、その疎外感は今も消えることがない。

    自分が蚊帳の外にいる感覚が一度でも心に降りてくると、
    当時のひどい疎外感をフラッシュバックさせ、
    稽古がどうこうよりも、自分が必要とされていない人間、
    という心情が支配的になり、自分を惨めにさせる。

    膝の痛みさえ、わざとらしい言い訳に思えてくるし、
    自分がひどく滑稽な人間に思えてくるものだ。

    ……あんまり書くと「困ったちゃん」か「かまってちゃん」になるので、
    この辺でやめておく。

    ともかく、文字通り膝を抱えて「見取り稽古」になった1日だったが、
    稽古の内容は、武神が私を嫉妬させるために設けたのかと思うほど、
    傍から見ていても、とても充実した内容だった。

    この日記に、ビデオ映像を掲載できないのが残念だが、
    会員の笑顔を見せる機会が皆さんにあるならば、何度でも見せたい。
    難しく、出来ないことを楽しむとは、こういうものだ、という姿。

    今回の稽古テーマは「重心」だ。それこそ、膝の柔らかさ、
    股関節の柔らかさがモノを言う。
    前から習っている「倒れる」ことの大切さも加味される。
    歩くことは、倒れることでもある、という方法論。

    相手に向かって倒れていくことが、
    結果的に重心ごと移動することにつながる。
    もしくは、重心を移動させる意識を強くもって、身体を扱うことだ。

    そして、重心と身体の一致。
    せっかく身体が動いても、重心が取り残されていては意味がない。
    また、重心が移動しても、身体が取り残されていては意味がない。

    前者も後者も、「一致」がないことは確かだが、
    前者は「焦り」であり、後者は「わがまま」だ。
    いずれも強引さや隙を生む。

    さらに、一致した移動に、局所の動きを組み込む細やかさ。
    手で「押し引き」するのではなく、重心で移動した身体に腕が伴いつつも、
    あるところからは、その動きに乗って、腕が単独で動き出す。

    たとえれば、時速200kmで走るスポーツカーに乗った人は、
    厳密には、自身が時速200kmで移動しているわけではない。
    このとき、スポーツカー本体が重心で、搭乗者が身体だ。

    さらに、この搭乗者が、ひょいと窓の外へ手を出せば、
    その「ひょい」は、時速200kmに乗った「ひょい」だから、
    とてつもなく速いし、出した瞬間と、出し終わった場所が、
    時速200kmで移動した分があるので、とんでもなく離れている。

    重心で身体が動かせる、さらに、そこに手の動きを加えるという行為は、
    いわば、上記のような行為であって、
    見ているかぎりは、異様な速さで動いているように見える。
    この「手」に刀を握らせたときの効果の大きさは、言を俟たない。

    まだある。時速200kmで前方へ突っ走るスポーツカーというのが、
    同じ速度でバックするためには、急ブレーキにせよ何にせよ、
    一端は停止し、バックへギアを入れ替え、そこからまた加速せねばならない。

    だが、古武道の身体というのは、この「前進」と「後進」に、
    ほとんどタイムラグであるとか「停止」がない。

    少し偏屈な譬えになるが、電車を思い浮かべてほしい。
    電車とは、1両目から前進して最後尾までが着いていくが、
    終着駅に停車すると、今度は最後尾に運転手が乗り換えて、
    最後尾が1両目となり、場は始発駅となって、新たな終着駅へ向かっていく。

    古武道における「足の入れ替え」は、まさにこの、
    「始発」と「終着」の切り替えと往復が、一切の「停止」なしで、
    瞬間的に行われているようなものなのだ。

    それも「加速度」運動ではないので、徐々にスピードアップするのではなく、
    あくまで「等速度」運動だから、最初から最高速度になっている。

    突っ走っていた時速200kmが、何の前触れもなく、
    突如として時速200kmでバックし始める。
    リニアモーターカーの磁石のN極とS極が、瞬間で入れ替わって、
    ビュンと接近したものが、ビュンと遠ざかるような感じだ。

    譬えなので、非現実的な世界になってしまったが、
    古武道的な身体とは、本当にこのような動きを実現している。

    もうお気づきだろうが、この「停止」とは、武道の言語に変換すれば、
    例の「居つく」ということに相当する。

    ところで、電車の譬えを現実的に考えるとどうだろう。
    物理的に、時速60kmぐらいでホームに来た電車が、
    最後尾を先頭に切り替えして、ほぼ同じ速度を維持して引き返す。

    この非現実的なことを、実現するためには、どういう動きをすればよいか。
    結論から言うと、それは、「⊂」←こういう動きではないか。
    実際にこのような線路は、実現不可能なエッシャーの図形のようになるけれど。

    2本の直線間を繋ぐ、この、ふわっとした孤の部分。
    丸みは消えるが、図示すると下のようになる。

    ←←←

    →→→

    まず、相手のところへ「←」で入っていく。
    その速度を、急に「→」へ変換すると、一端「停止」せざるを得ない。

    つまり、右と左のどちらにせよ、軸足を作って踏ん張って、急転換する。
    この、踏ん張る=停止=居つき、を2つの直線の間に作らざるを得ない。

    そこで、「←」と「→」の間に、楕円に孤を描いた「↓」を挿入する。
    私は、これが「倒れる」「沈む」「ゆるむ」という言語で表現される、
    身体的な行為なのだと思う。

    あるいは、このように重心が展開することなのだと思う。

    逆方向へ変換するさいに、停止せずに、方向転換をするためには、
    こうした曲線的な柔らかい部分を、関節や重心を駆使して、入れること。
    そうすることで、左右どちらもが軸足にならず、かつ、身体の軸だけをキープできる。

    別の見方をすれば、直線的な動きがすべてではない、ということと同義になる。

    最初の一歩を、きれいな直線で入っていったならば、
    それを、何が何でも直線で転換するのではなく、
    わずかなゆるみ、あるいはかすかな重心の移動によって転換させる。

    そのゆるみや、移動は、かならずしも直線とは限らず、
    楕円、曲線、あるいは螺旋であってもよいのではないか。
    しかし、回り続けると、相手に追いかけられてしまう「見える動き」になる。

    こうした身体操作の繊細さを学べる場が、今日の稽古であった。
    こんな素晴らしい稽古の場に、いながらにして参加出来なかった自分は、
    つくづくつまらない、ということである。

    (文責:早乙女)

  • #49

    稽古のつまみ第23回(その2) (木曜日, 27 7月 2017 11:16)

    前回のつづきです。


    古武道って、何やっているのか、
    よくわからない、という意見が多くあります。


    当会でツイッターに動画を公開しているのは、
    もちろん、そうした疑問を、わずかでも解消していただくためですが、
    いかんせん「誰も出来ていない」という気持ちを、
    会員各人はおろか、講師もまた、常に持っているため、
    いわゆる「模範的な」動画が少ないのが、弱点でもあります。


    だから、動画を見ていただいても「やっぱり何やってるか分からない」
    と思われたり、「わざと投げられているようにしか見えない」と思うのは、
    これは、致し方ないことであり、当方としては、いかんともし難いところです。


    ですが、今回の記事は「教える・教わる」という見地から書いているので、
    その視点へ話を戻して、動画について解説すると、
    何が出来ていて、何が出来ていないのかを、多くの方に見てもらいたいのです。

    また、実際の指導風景を、会員の許可を得て、モザイクなしで出しているのは、
    誰が、どういう教えと教わりをしているか、皆さんに知ってほしいからなのです。


    どう指導しているのかも明らかにせず、
    ましてや、「これが指導者です」という人物の姿さえ見せず、
    延々と、何をしているか分からない稽古風景を、
    さも何かをしているかのように見せるのは、
    個人的には恐ろしいことだと、私なら思います。


    なんだか実態の分からない宗教集団が隣に引っ越して来たような、
    飯屋の看板はあるけど、メニューも値段も書いていない店へ連れていかれるような、
    産地も成分も賞味期限も表示していないレトルト食品を買わされるような、
    ただニコニコして一言も喋らない男に手を引かれるような、
    一種の恐怖というか、おぞましさ、拭い去れぬ不安感に襲われます。


    「海老名古武道研究会」のツイッター動画で、
    細谷講師も、ゲストで来て下さる「剣住会」の野本講師・遠江講師も、
    会員のみなさんも、顔を出してくださっているのは、


    入会する方の不安を「巧みな方便」ではなく、
    「実際の姿」で解消してもらいたいとの思いからです。


    また、派手な部分や、見栄えのよい部分だけを切り取らないのも、
    地味な中にすべての基盤があることを理解し、それを追求・鍛錬しているのが、
    当会のありのままの姿であることを、多くの方にご理解いただきたいからです。
    それがたとえ、同じく古武道を志す方々であっても、まったく同様です。


    その地味さとは、自分の中心を認識することだし、
    軸を通して、重心から動いていくということだし、
    膝・股関節・肩甲骨・胸といった各所を脱力して、
    柔らかく使っていくということでもあります。


    こうした「基礎の基礎」の積み重ねでしか、
    柔・剣・居、さらには武芸十八般を貫いてコントロールする、
    汎用性の高い身体を形成できない、と私は教わる中から学びました。


    古武道の稽古をしていると、
    現代武道との隔絶を痛感することが、何度もあります。


    これは、現代武道を批判的に反証することで、
    古武道の優位性を認めることではありません。
    そのような考えでは、そもそも「心形刀流」の流儀に悖ります。


    一方で、現代武道が棄ててきたもの、
    生産性を推し進めたゆえに、技術的に見失ってしまったもの、
    非効率的だという理由から、摘み取られてしまったもの、
    あるいは、長い年月の果てに忘れ去られてしまったもの、


    そういったものを、拾い集めたり、復元したり、
    あるいは、掘り起こすことが、
    古武道の技や身体技術を学ぶことのように感じます。


    しかし、それは先述したように、
    古武道のほうが現代武道よりも優位であるだとか、
    古いやり方に頑迷に固執して、そこから一歩も動かないとか、
    そのようなこととは無縁です。


    歴史的な見地から調べて見れば、すぐに分かることですが、
    いわゆる古武道という世界で流派を標榜してきた殆どの武道家は、
    さまざまな道場に出入りして、各流派に学びつつ、
    自分の看板を掲げてきました。

    簡単にいえば、現代に息づく古武道の流派だって、
    さまざまなところで学び、学ばれているわけです。
    その「さまざま」には、日本の現代武道はおろか、
    諸外国で生み出された武術やスポーツだって含まれている。


    古武道を学ぶということは、つまるところ、多くの武道と同じく、
    いずれの流派が正しいかという優劣の競い合いではなく、
    何が優れ、何が間違いかという取捨選択を、
    自分たちの明確な基準に則り、精確に行っていく作業なのです。

    だからこそ、各流派の「いいとこ取り」みたいになる道場もあるでしょう。

    しかし、「基準」や「物差し」を持っていないのであれば、
    あたかも購入した書籍が、ただただ堆く積み重なり、何らの真理も見出せないように、
    それら個別の「技」を繋ぐ「身体の理論」は、皆無ということになる。

    「押さえられても、ひょいっと手を挙げたい」
    「手裏剣をズバっと投げてみたい」
    「日本刀をスパっと抜いてみたい」

    という、見てくれのかっこいい部分ばかり揃えていたって、
    それらに通底する「理論」がないんだったら、
    何らかの「動作」を、漫然と機械のように処理していくだけであって、
    1つを貫く理論で、将来的に100の技を展開する自分には決して繋がらない。


    理論がないんだから、いくらやったって、無駄稽古になってしまう。
    上手くなっているように見えるのは、スポーツと同様の現象が働くからです。
    すなわち、下手な鉄砲でも数打てば当たるということです。

    しかし、古武道には「下手な鉄砲」はない。
    「上手な鉄砲」の「理論」があり、そこには、いくつもの「理合」の姿があり、
    その「実践」を通して会得しなければ、永遠に「当たる」ことはないのです。

    その自他への厳しさを支えるのが、土台となる地味な基礎なのです。


    当会は「研究会」という名がついている通り、
    細谷講師が、ご自分のもとに伝わってきた「心形刀流」を、
    自らの身体で練磨されるとともに、古文書も精読し、さらには、
    各流派の書籍・DVDも、きちんと金銭を支払って購入し、
    あるいは、さまざまな合宿へも武者修行に出かけています。

    そのなかで、自身の身体を「言語化」するプロセスを、
    何度となく繰り返してきました。

    それらは、ときに血行や血流を改善し、猫背を矯正し、
    ダイエットに効果をもたらし、筋膜をはがすとか、
    いわゆる「燃焼系」のボディを作るという、
    現代ストレッチの理論とも通じてくるところがあります。

    しかし、それらは古武道では「即効性」のあるものではない。
    なぜなら、それらは「手段」であって、「目的」ではないからです。

    本当にやりたい動きのために、肩甲骨の開閉などが使われ、
    結果的に「肩甲骨はがし」のような効用を得るだけであって、
    実際には、正中線や中心線に沿って刀を上げ下げするために、
    肩甲骨の開閉は使われている。

    よって、肩甲骨の開閉(=手段)が出来るからといって、
    刀の上げ下げ(=目的)が、いきなり上手になるわけではない。
    そういう意味で「即効性」がないのです。


    細谷講師は、よく「近藤勇」の写真を引き合いに出し、
    肩甲骨がいかに開いて、ふわっと座っているかを教えてくれます。

    現代では、猫背を矯正するはずの肩甲骨の運動が、
    古武道では、むしろ猫背っぽく座ることに繋がっていく。
    こうした不思議もまた、古武道を研究する楽しみです。

    古い武道の方法を、高い次元でやってみせながら、
    実態は、生活への汎用性を持つ行為であることを説いて聞かせ、
    みずから学んだことを惜しげもなく、我々にやらせて、
    そして、何が出来て、何が出来ていないかを的確に伝えてくれる。

    これが、当会の講師のあり方です。





    ……とまあ、今回もヨイショシリーズでした。

    (文責:早乙女)

  • #48

    稽古のつまみ第23回(その1) (木曜日, 27 7月 2017 10:59)

    こんにちは。本日も「海老名古武道研究会」へのアクセス、
    ありがとうございます。


    本日は、「教える・教わる」を主軸に、
    自分が感じている、当会の稽古のありさまを、
    振り返ってみたいと思います。


    やってみせる
    といてきかせる
    やらせる
    ほめる


    これは、私に文章表現を教えてくれた、
    早稲田大学の教授の方が仰っていた言葉です。

    先生は、ご自分が開発したメソッドを学生に伝えるさい、
    まずは、自分で用例を作成し、
    そのうえで、どのような理論になっているのかを説き、
    実際に学生たちに書かせ、提出物はかならず褒めました。

    最近、『読売新聞』の日曜版に、
    この先生のご発言の出典と思われるものが掲載されていて、
    古い先生の教えを、久しぶりに思い返す機会となりました。


    それが、山本五十六の、いわば道歌のようなものです。

    やって見せ
    説いて聞かせて
    やらせてみ
    讃めてやらねば
    人は動かぬ

    ただし、山本自身が書き遺した現物はなく、
    伝聞的に残されたものだそうです。

    細谷講師や野本講師、遠江講師は、
    いつでもかならず、自分が実践してくれます。

    もちろん、いつ行っても「合気挙げ」ばかり……、
    ということもなく、同じ柔術であっても、ローテーションを替えて、
    いくつものバリエーションを「やってみせる」ことから始まります。

    次いで、「説いて聞かせる」。

    どうすれば「合気挙げ」ができるのか、
    実際に自分の身体を使って表現するに留まらず、
    細かい筋肉の動き、身体の使い方を、
    丁寧に口頭で説明してくれます。

    それらを「コツ」ではなく、「恒久的」な「型」で身体に定着し、
    他のあらゆる「技」に「汎用」できるよう、
    私たちに、実践させる(やらせる)ことによって、身につけさせます。

    あとは、みなさんのご想像どおり、ほめてくれる(笑)
    ただし、無意味にほめることはせず、
    出来ていない点については、何が出来ていないかを、
    的確に教えてくれます。


    教える側からすれば、教えるということは、教わるということです。
    でも、そのためには、自らが「教える」ことの工夫をして、
    実際に「やってみせる」ことが不可欠です。

    それも、ただ「やってみせる」だけなら、自分が得意な、
    ここぞという1つの技だけ、バカの一つ覚えみたいにやってればいい。
    一過性の体験入門なら、それで充分、素人をだませるからです。

    しかし、本当に学んできた人間は、
    ある「理論」が「実践」との両輪で動いていることを知っているし、
    そうであれば、ある「理論」を表出するに際して、
    それらが「複数の技」として体現できることも知っています。

    だから、本当に何かを会得している古武道家ならば、
    ちゃんと、さまざまな「技」を「やってみせて」くれるはずですし、
    それらが「こういう理論である」ことを、丁寧に説いて聞かせてくれるでしょう。

    そして、どのような身体の異なりがあったとしても、
    各人にそれらを「やらせて」、「ほめる」。この場合の「ほめる」は、
    別に山本の「讃める」のような、無条件な讃美ではない。

    まさに「褒める」のであって、
    それは、自他の良し悪しや本質を、的確に知っているからできる。

    つまり、何が機能していて、何が機能していないのか、
    何が求めることに合致し、何が目指すことから外れているのか、
    それらを、精密に峻別できる、という力が備わっているということです。


    ただ、楽しくなるから「讃める」だとか、
    ただ、ポテンシャルを上げるために「讃める」だとか、
    そうした行為が、一時的に「やる気」を出させたり、
    もともと自分に自信がない人間に、一定の「昂揚感」を与えるのは確かです。


    教育心理学でも、「怒る」「ほめる」「無視」の3パターンによる実験から、
    「ほめる」ことが、実際に能力の向上や課題の達成率に、
    プラスの影響力を持っていることは、古くから知られている。

    しかし、教育現場や稽古における、実際の「ほめる」は、
    こうした心理学の実験的な手段としての「ほめる」とは、
    一線を画しているはずです。


    自分の経験と他人の身体とを、客観的に照合して「何が出来ているのか」、
    さらに「何がダメな部分であり、どう変化させれば上にいけるのか」などを、
    的確に見極めて言葉をかけ、実際に指導することができる、
    という、教える側の卓越した技術に裏打ちされた上での「ほめる」です。


    こうした総体が「褒める」の実際であって、
    単に相手の気分を良くして、おだてて調子にのせることとは訳が違います。
    況や、「お上手、お上手」と言って、お囃子しているわけでもないし、
    ましてや「本当は何も出来ない」自分を隠蔽する、卑劣な誤魔化しでもない。


    私は、稽古が終わった後のファミレスで、
    細谷さんが静かに独白されたセリフが忘れられません。


    「自分の動画を見ると、自分は本当に下手くそだ。
    こんな人間が、何かを教えて、本当にいいのか。
    完成されていない技を教えているのだから、お金は取れない。
    こうやって来てくれている人たちに、恩返しのつもりで、
    今、自分ができることを、すべて伝えたい」


    古武道とやらを教えている側にいる人間でありながら、
    何も思わないなら「アンタ、少なくとも指導者じゃありませんな」と、
    私は思います。


    (つづく)

  • #47

    稽古のつまみ第22回 (金曜日, 21 7月 2017 10:32)

    本日もアクセス、ありがとうございます。


    連日、暑いですね。
    熱中症にならないよう、皆さんも気を付けて。


    水分などを摂取して、倒れないように、
    無理せず、稽古してくださいね。


    さて、今日は「廻剣」のお話しです。


    黒田鉄山さんは元より、
    細谷さん、野本さんといった講師の方々や、
    インターネット上のさまざまなサイトから、
    「廻剣」のことは、たくさん教わるところがあります。


    しかし「人からの借り物」で、さも自分のように話をしても、
    ちょっと嘘っぽく響いてしまうし、説得力はありません。

    それどころか、最近ではどこかの議員さんから、
    「他人に自分の人生乗っけてんじゃねーよ!」
    とか怒られてしまいそうです。


    ということで、かなりギクシャクした文章ですが、
    初めのころの「廻剣」から、現在の「廻剣」までの変遷を、
    ちょっと書いてみたいと思います。


    廻剣では、自分の正中線(人体の真ん中を通るとされる線)を、
    腕が上下に行ったり来たりするだけです。


    話が別になってしまうので、そのさいの小手先の動きについては、
    省略して、別の機会に書きたいと思います。


    上下に行ったり来たりする、というのが、
    言葉通り、最初の僕の廻剣でした。


    ですが、このころは、腕力に頼って、
    形だけなぞっていたように感じます。
    だから、何回もやると、二の腕が痛い。


    そのうち、刀を握るときは、
    右手が上、左手が下になるので、
    身体が「前ならえ」みたいに、並行ではないことを、
    教えていただきました。


    つまり、身体は晴眼で構えていても、
    若干、半身になっている状態だとわかります。


    そこで、どちらかといえば、右前を意識しつつ、
    腰ももっと低くして、上下させる廻剣になります。


    そのうち、膝をゆるめて、重心をふっと下に下げるとき、
    刀がふわっと浮く、ということを野本講師から教えていただきます。


    そこで、廻剣のときにも、上にあげるときに、
    なんとなく膝をゆるめて、屈するようにして上げる。
    しかし、これはまだ、「反動」っぽい動きで、納得できず。
    また、下げるときも、重心がどう戻るのか、よくわからない。


    そこで、いったん重心のことはやめにして、
    とにかく、膝や股関節をゆるめて、なるべく腰を深くして、
    腕を上下させる廻剣に戻す。


    あるとき、会長から「そんな低くしてたら、疲れるじゃん。
    野本さんなんて、テレビ見ながら廻剣しているらしいよ」
    と言われ、腰の高さを気にせず、負担のない高さで上下させる。


    細谷さんから、肩甲骨の使い方を教わり、
    開く、閉じるという身体の使い方を、
    もっとしっかりと学ぶよう、レクチャーを受ける。


    そこで、肩甲骨を広く使うようにすると、
    完全伸展がうまくいかなくなる。
    肩甲骨を使うことを意識すると、脱力した手が内側へ曲がり、
    完全伸展でなくなってしまうのである。


    しかし、意識は腕よりも、肩甲骨にいくので、
    素振りしたあとの痛みは、どちらかといえば肩付近に出てくる。


    上下させる動きの、下げるときの動きを、
    脱力で下にもっていく形に変化させる。


    上下させる動きの、上へもっていくときに、
    刀は上腕二頭筋の裏側あたりへ行くはずだが、
    どうしても肘にゴツゴツと当たる。
    最初に刀を寝かせるときの、倒す角度を修正するが、
    何度も振ると、そのたびに悪くなる。


    腰を思い切り低くして、膝の屈伸に重心の移動を意識し、
    さらに肩甲骨を広くすることを意識して、
    上下を、可能な限りスピーディーにしてみると、
    今度は、刀が外側へ大きく膨らみ、
    刀が肘に当たるどころか、体の側面の外に膨らんでいく。


    もう一度、廻剣を分解して、1,2,3の順で、
    ゆっくり行う形にもどし、1,2の調子で早くするのをやめる。


    背筋を伸ばす、顎を引く、顔を上げる、
    若干の半身、さまざまを意識して、身体の変革をするが、
    なかなかうまくいかない。


    最近、「半身」ということは、「正中線」の「正面」が、
    実は、若干ずれていることを教わり、
    さらに、「正中線」は、何本か組み替えていることも知る。


    廻剣は、ますます初期のころから遠ざかり、
    現在は「ゆっくり」としか出来ない状態で、
    とにかく焦らず行っている、という感じです。


    (文責:早乙女)

  • #46

    稽古のつまみ第21回 (水曜日, 19 7月 2017 17:20)

    海老名古武道研究会へアクセスいただき、
    ありがとうございます。


    全国の古武道を愛する皆さん。


    僕はちょっと前、「あさチャン」で恐ろしいニュースを見ました。
    皆さんの中にも、見た方がいらっしゃるでしょう。


    それは、中国で「爪楊枝ボウガン」が規制された、
    というものでした。

    子供用のオモチャとして、爪楊枝をセットして、
    それを飛ばすという手の平サイズのボウガンがあるのですが、
    ヤッバイ威力があって、目ん玉なんて、簡単に突き刺すぞ、
    というもので、今でもネットで規制されず出回っています。


    こんなものを、良からぬことを考えているバカが手に入れたら、
    どういう使い方をされるか、分かったもんじゃないわけですが、
    僕が引っかかったのは、そこではありません。


    冒頭に書いたように、爪楊枝ボウガンのことだけなら、
    別に古武道を愛する皆さんである必要はない。
    問題は、爪楊枝ボウガンとともに、規制されたものです。

    それは……








    「手裏剣だーーーー!!!!」



    「女児の頭に刺さって入院」って、どんだけヤバイ手裏剣なのよ?! 中国!!
    そう思って画像を見たら、「確かにヤバイ……」。

    なんていうのでしょうか。

    一般的な手裏剣の「十字」の形ってありますよね。
    その1本、1本が、折りたたみ式ナイフみたいになっている、
    っていう、「そんなん、子どもに販売すんな!」という、
    根本から間違っているシロモノでした。


    手裏剣って、確かに子供ウケするものだし、
    日本に関わらず、扱っている道場とかも多いように思います。

    だけど「安全な素材で出来てます」とか言いながら、
    でも「発砲スチロールには刺さります」とか実演して、
    「子どもでも楽しいよ?」みたいに宣伝するのは、
    今の時代、どうかと思います。


    爪楊枝ボウガンなんて、至近距離から首に打ったら危険でしょ。
    爪楊枝を針とかに変えたら、暗殺の道具になるんじゃない?
    手裏剣だって、それそのものが規制対象になるような構造ではないにしても、
    子供って、どういう使い方するか分からないからね。改造したりとか。

    道場側は「自分は扱えるから」とか、
    「そういうことがないように、ちゃんとレクチャーした」とか、
    そうやって言い張るんだろうけど、起ってからじゃ、何言っても無駄です。


    当会でも、有志の個人宅のように、非常に限られた特別なスペースで、
    いわゆる十字の手裏剣ではなく、「棒手裏剣」を使い、
    畳1枚以上を用意して、体捌きを学ぶという稽古が、ないわけじゃない。
    やっていると、とても楽しいのも確かです。

    ですが、こういうことが可能なのは、講師に相応の技量があって、
    これを学ぶ側も、危険性を自発的に認識できる、大人の集団だからです。

    たとえ自分の子供であっても、ましてや他人の子供であれば、
    手裏剣であろうと、柔術・剣術・居合術であろうと、
    細谷さんの言うように「決して技を見せない、教えない」が、大原則です。
    実際、当会では、稽古の場に子供がいることはありません。

    「稽古」なんてレベルになったら、怪我の有無以前に、
    「稽古」の場を離れたところでの、責任を持ち切れないからです。


    かの黒田鉄山さんは、幼いころに祖父から武道の薫陶を受けたそうですが、
    それは、鉄山さんが武道の一家だからだし、
    当の鉄山さんも、武道を本格的に学ぶときには、父親から、
    「もう戻れないぞ」という旨のことを言われ、覚悟を諭されたそうです。

    武道を学んで稽古するって、そういうレベルのことなんだと思います。
    だから、手裏剣を投げるっていう行為も、道場でやることになる以上、
    余暇の遊びでやってるんじゃないんです。生き方の問題になるんです。

    ましてや、お金を取っている以上は、ダラダラやってたって、
    講師がヘボだって、「稽古」と「教伝料」のうちに入っているわけだし、
    教える人間には、それ相応の技量と責任が伴うはずです。

    「借りてる体育館の床とかは、傷つけないようにしますよ、へへへ」
    なんて、のんきな話じゃないんだよ。武器を扱わせるってことなんだから。

    即物的に、建物が傷つかないとかの話だけじゃなくて、
    「この子が手裏剣で遊んで、他人の子供を傷つけちゃった」とか、
    そういう話を考えるってことが、配慮や責任ってことです。

    無神経なヘボ武道家が、下手に子供に「相手を倒す技」なんて教えちゃって、
    その子供が小学校で友達に技をかけちゃって、
    打ちどころが悪くて大怪我したりしたら、

    「うちの子には、技は使うなってシツケたんですけど、すいません」

    じゃ、済まないだろうが。そもそも、何で教えてんだってことだろ。


    不特定多数の子供たちが、手裏剣を扱っても「楽しかった」で済むのは、
    手裏剣の扱い方をよく知っている、
    もしくは、十字の手裏剣なんて棒手裏剣と違って、
    投げればほぼ刺さるパフォーマンスの道具に過ぎない、
    武術の修行なんかに役立たない、
    ってことを、ちゃーんと弁えている人間が、


    それでも、「子どもたちに、忍者になって、楽しんでもらいたい」と、
    類稀なボランティア精神で、何かしらのイベントなどに協賛し、
    ひとときの楽しみと、それに伴う親子の思い出を提供したい、
    そのための事前の準備・予行、当日の運営も万端だ、という中で扱われるからです。


    それを、子どもが道場を離れたところで、
    どうするのかの予見も、見当もつけずに、
    「うちは手裏剣もやってます」みたいに、子どもに教える道場なんて、

    そんなの、目を離れたところで、どんな結果を生むのかも慮らずに、
    ただ金儲けのために爪楊枝ボウガンを売って、捕まっても何ら悪びれない、
    「常識がない」「民度が低い」「罪悪感の欠落」「開き直り」と称される、
    しょーもない商売人と、まったく同一の存在です。


    これは、「武器を扱う」ということだけでなく、
    稽古を通して、自分自身の身体を「武器化」していくという点で、
    その他の武道であれ、スポーツであれ、みな同じことでしょう。

    まあ、似非道場なんて、ボコボコに批判されて、淘汰されたり、
    あるいは、崩壊すりゃいいんだと思います。

    ですが、中国のこの「爪楊枝ボウガン」とともに、
    危険な構造を持つものに限定されているとはいえ、手裏剣が規制される流れは、
    真面目に日本で、古武道や忍術を伝えていて、
    かつ、鉄製の手裏剣を扱っているような道場の方々にとっては、
    なかなか肩身の狭くなるような報道のように、僕は感じました。


    当会に所属させてもらっている僕としても、
    触った相手を即座にひっくり返すなんて、出来やしないんだけど、
    武道という世界のことを学んでいる以上は、
    ますます気を引き締めなくちゃな、と痛感したニュースでした。

    (文責:早乙女)

  • #45

    稽古のつまみ第20回 (水曜日, 19 7月 2017 17:16)

    ご訪問、ありがとうございます。


    『常静子劔談』勉強会の続きです。


    一、劔術には、意外のわざある者にて、人より不意に勝を取らるゝなり、是(これ)は学者(まなぶもの)の理(ことわり)に闇(くら)きゆゑ也(なり)、其故(そのゆえ)は人の手足の動きは大抵きわまりたる者にて、奇妙なることはなき者なり、夫(そ)れ二刀を添へたるにて、此(この)刀、刀ばかりの妙とてはなし、皆人の手足に随ふ者なれば、此理(このことわり)を知て手足の動(うごき)を尽(つく)し見るときは、一通(ひととおり)の使方(つかいかた)は勿論(もちろん)、秘伝とても大抵自心にわかる者なり、今之(いまこれ)を聞ては不審なるべし、能(よ)く思ひて自得を成(な)したる後は、始て此言(このげん)を信ずべし、故に初学とても混(ひた)もの工風(くふう)して理を尽すべし、理を尽すとは常に一本にても勝負の場合をためし見ること也、


    書き出しは、剣術には、意外な技があるもので、
    人から不意に勝ちを取られるものである、というものです。


    こうした不意の負けを味わうのは、
    剣術を学ぶ者が「理」をよく分かっていないためだ。
    そのように静山は言います。


    なぜかというと、人の手足の動きというものは、
    たいてい決まっているもので、よほどのケースでなければ、
    奇妙な身体の動き方ができるとか、関節が逆の方向へ曲がるとか、
    腕が人より多いとか、関節の数が2つ3つ多いだとか、そんなことはない。
    達人だろうと凡人だろうと、同じ身体構造を持った人間です。

    ということは、「意外な技」があるといったって、
    背の高低、手足の長短、体重の軽重と、多少の違いはあっても、
    所詮は同じ身体構造から繰り出されるのです。

    だから、自分も出来るはずであって、
    その人にしかできない珍妙な技、特別な技、
    ということではないはずなのです。


    誰でも出来るはずだ! という願望も上乗せしておきましょう。


    静山は続けます。

    そもそも二本の刀を添えているときであっても、
    この刀は、刀だけの妙ということはない。
    換言すると、扱う者の人知を超えた働きを、
    刀が独自に行っているとか、そういうことはありえないわけです。

    どんな刀であっても、すべて人の手足の動きに従うもので、
    この理屈をきちんと了解して、手足の動きを尽くしてみるときは、
    一通りの使い方はもちろんのこと、秘伝と呼ばれるものであっても、
    たいてい「自心(自分の心のことか)」で理解できるものだ。


    こういう風に静山は説くのです。


    「ドラえもん」の道具に「電光丸」というのがあって、
    コンピューターが相手の動きを計算して、
    使う人はただ握っていれば、刀が自動的に対処する、
    というものでしたが、こんな刀はないってことです。


    どんなに奇妙奇天烈、奇想天外、驚天動地の動きを刀がしたって、
    それは、同じ間接、同じ身体構造を持った、同じ人間が、
    その人の手足を駆使して繰り出したものなのだから、
    それは必ず自分だって再現が出来るものだ、ということです。

    ということは、「えー! あんな風に出来るわけないじゃん!」と、
    そういう状況になっているのは、まだまだ修行が足りないか、
    単に、要求されている動きと、違うことをしているだけ、ということです。

    だから、たとえ今が、「基礎の基礎」の立場にいる初心者であっても、
    いずれはその先で、必ず「達人」の世界に、到達できるはずなのです。
    それは、一刀流でも、二刀流でも、同じだ、と。

    ですが、静山が記すように、初学のうちに、こういった話を聞くと、
    不審(=よく分からない。疑わしい)でしょう、と。
    だけど、よくよく思考して、自分で会得した後は、
    はじめて、ここに記したことを信じることができるだろう、と。

    それまでは、どうやって師が刀を扱っているか分からないから、
    どうしても、刀そのものが不思議な動きをしているように見えて、
    自分が真似をしようとすると、小手先に陥りやすい。

    ゆえに初学であったとしても、ひたすらに「工風(工夫)」して、
    「理」を尽くしなさい、というのです。

    静山がいう「理を尽くす」とは、常に一本であっても、
    勝負の場合を試してみることだそうです。

    ここでいう「一本」が、刀が一本という意味か、
    稽古で打ち合う「一試合」という意味の「一本」か、
    少し分かりかねますが、たとえ一人で修行していても、
    刀を扱うからには、相手との試合を想定せよ、
    ということのようです。まさにその「真剣さ」の先で到達する境地がある。

    居合の「型」を行うときでも、実践の雛型ではないけれど、
    どこかに相手を想定しているところがあります。
    前回の「切甲刀」にしても、実践でその場面になった場合の対処法というより、
    相手を想定して動く中で、刀の使い方や心の働きを学んでいく。

    平たく言えば、それらの「型」が何を要求しているのか、
    稽古を通して、それらの要求する身体の動かし方を学べ、
    そうやって自分というものが何者であり、どのような存在なのかを知れ、
    ということなのだと思います。

    ただし、最近、細谷さんから頓に指摘されるように、
    「理合」というのは、これしかない、という極北や究極の意味ではなく、
    1つの考え方、1つの在り方、ということです。これが絶対という意味ではない。

    あんまり私が「型、型、カタ、カタ……」と、ガタガタ書くから、
    心配していただいたのかも知れませんが、
    細谷さんの披露する「型」が絶対で、他のやり方をしている流派はクズだ!
    とか、考えているわけではないのです。

    たとえば、「右手を使って抜くな」というのは、1つの考えであり、
    右手で抜かず、体捌きで抜くことが大事だからといって、
    実践でモタモタしてたら、恐ろしい速さで右手抜きをする人には斬られる。

    だから、何が正しいかは、その流動する状況の中で、
    適正に判断することによって選択されるべきであり、
    最初から「これが正しい」があるのではなく、
    結果的に「この選択が正しかった」となることがほとんどでしょう。

    それゆえに、場合によっては、何事も結果論に還元され、
    よくある言質ですが「勝った奴が正義」になるかも知れないわけです。

    こうなってくると、「理合」も何もないわけで、
    こんなことが繰り返されれば、次第に「稽古」は「実践」と分断されていき、
    しまいには「銃でぶっ放せばいいんだ」という暴力論に陥る。
    これじゃあ、なんのために古武道を修行しているんだか、分かりません。

    静山さんだって、宝暦10(1760)年に生まれて、
    天保12(1841)年に亡くなった人物です。

    すでに西欧列強は、日本との貿易を要求して来国していた時代です。
    文政6(1823)年には、シーボルトが長崎の出島に着任していた、
    なんて頃を生きていた人物が松浦静山です。

    ましてや、彼は平戸藩主であり、「寛政の改革」を断行、
    さらに全278巻にもなる『甲子夜話』の著作者であり、
    後に明治天皇の外祖母となる、中山愛子の父親でもあります。
    西洋のことなんて、なーんにも知りませーん、なんてはずがない。

    森鷗外(林太郎)によってクラウゼヴィッツの『戦争論』が翻訳されたのは、
    はるか後の明治34(1901)年でしたが、
    原本は、1834年、すなわち静山が生きた頃にドイツで出版されている。

    日本刀を下げた武士たちは、その視界に、
    西欧の兵器が持つ脅威を、西洋の武術を、戦争論を、
    確実に認識していたはずです。


    そんな時代のなかで書かれた『劔談』だからこそ、
    静山が、日本人として残すべきものを伝えんと考えて揮毫したと推測することは、
    私は、決して大げさなことではない、と思うのです。

    あるいは、やがて日本人の身体組成を、
    西洋剣術や体術の「理合」が浸食してくることまで見越して、
    こうした武道書を記したんではないか。


    なんてことまで、いま、細谷さんたちとの稽古を通して、静
    山さんの『劔談』を繙くと、
    思えて仕方がないのであります。


    島国根性、なんて揶揄されちゃうかもしれないけど、
    私は、こうした古武道を学んでいくことが、
    薄皮を1枚1枚、剥いていくように、
    やがては、日本人的気質とか、本質みたいなものに向かって、
    遡っていくことが出来る手段のようにも思うのです。


    あ、ちなみに、「右翼」とかの話とは、全然関係ありませんので、
    そこらへんは、忖度していただければと思います。


    (文責:早乙女)

  • #44

    稽古のつまみ第19回(その4) (水曜日, 19 7月 2017 17:02)

    本日もアクセス、ありがとうございます。

    ずいぶんと、間をあけてしまいましたが、
    ようやく関東地方は梅雨明けのようですね。


    昨日18日は、ひどい雷雨でした。
    雷の車輪でも上空を転がっているのかと錯覚するようで、
    どこかに落雷し、停電も経験しましたが、ヘソは死守しました。

    ヘソは、臍下丹田だから、大事な箇所なんです!
    なんでもスポーツの人は、腰を使うけど、
    武道の人は、前を使うそうですよ。へーそー。



    ……すっかりと忘れていた、『常静子劔談』の続き、
    「ようぢう剣」についてです。

    これは、前回記した「打推す」「打引く」と同じ流れの文章なのか、
    ちょっと分かりかねますが、とりあえず別としてみましょう。

    「ようぢう剣(ようじゅうけん)」とは、
    『劔攷』に「陽重剣」とあるものでしょう。


    これを知るためには「陽刀」という言葉を押さえる必要があります。
    「陽刀」とは、『劔談』に書いてあることを参考にすると、
    「清眼(せいがん)」の構えのことのようなので、
    今は、それで理解して、どういう術かを見てみます。

    まず、自分が敵と「清眼」で対している状況です。

    「彼先(かれま)づ陽より、我が陽上を撃として撃ち込むるところ」

    というので、敵は清眼の構え(中段)から、
    こちらの清眼の上を狙って打ってくる、と。

    「彼我(かれわれ)」を主語としているので、
    「彼=相手」「我=自分」として、考えていきます。

    そこを「其発出(その、はっしゅつ)に衆じて、我(わが)陽撃を以て、
    彼れが陽に乗じて上ぐる太刀の勝ちを得る術なり」と続きます。

    「発出」というのは、打ってくるところ、ということでしょうか。
    「衆じて」というのは、本来、原文のままで理解したいところですが、
    あるいは「乗じて」の誤りかもしれません。
    そこで、相手が打ってくるところに乗じて、と訳しておきます。

    相手が打ってくるところに乗じて、自分も青眼でもって対応し、
    相手が青眼に乗じて「上げてきた太刀」を捉えて、勝ちを得る術である、と。

    うーん。よく分かりません。分かりませんが、
    相手が打ってきたことに呼応して打つことで勝利を得る技のようなので、
    これは、いつもの細谷さんの教えどおり、
    後出しじゃんけんで勝つ、ということでしょう。

    「陽刀」に「陽刀」が重なるので、「陽重剣」ということです。

    「陽重剣」の文章は少し長めなので、さらに解読を進めると、
    相手が打ってきた太刀の上に、
    さらに自分が打った太刀を重ねるようです。

    この「上に」というのは、位置関係としての上下ではなく、
    相手の「陽刀」に重ねる(交わる)ときに、
    相手の太刀に自分の太刀をかぶせる、というイメージのようです。

    ただ、もっとも基本的な構えである青眼といえども、
    手を使わずに打つとか、まっすぐに打つとか、
    難しい体捌きが要求されるものですので、
    そう簡単にいくのかは、よく分からないところです。

    静山さんに言わせると、敵を打つときの「気味」は、
    トンボが産卵するとき、尾っぽで水面をチョンと弾く、
    あの感じだ、というのです。

    常稽子(心形刀流の岩間和生の表徳号。号は鴳齋。静山の師)
    の頃には、「ようようけん」、という名前だったそうです。

    ですが、技の名前から、その方法が推測できるようだと困るので、
    技の中身を探られないよう、意図的に秘密にして「陽重剣」に変えた、
    とも言われています。ただ、静山は、これに疑義を呈しています。

    とにもかくにも、敵が「陽刀」で自分を打ってきたなら、
    自分も「陽刀」で応じて、これに勝つ。
    それが「陽重剣」という刀法のようですね。

    ところで、トンボがチョンと水面を叩くイメージって、
    何か素敵ですね。日本の俯瞰すると、トンボが左を向いている形に見える。
    ゆえに倭国を「蜻蛉島」(あきづしま)という、というそうですが、
    1000年以上前に飛行機があったなんて、オーパーツみたいなことだから、
    どこまで本当に語源かは分かりません。


    ただ、蜻蛉(とんぼ)は、一直線に前進していく性質のために、
    縁起を担いで「勝ち虫」といい、不退転のモチーフとして、
    武将には愛されたようですから、何かと武人には縁の深い生き物です。



    組太刀なんかでも、右、左、右、左と4回なんですけど、
    私のように下手なうちは、1回1回立ち止まって仕切り直しますが、
    実際は、途切れ目のない、
    連続した数珠の連なりのようなものじゃないでしょうか。

    数珠は、その1粒1粒が、個々に単独の塊なんだけど、
    それらは、途切れ目のない「円」のような連なりを持っていて、
    総体として「数珠」というものを作っています。

    攻撃というのも、あるいは演武における型なんかも、
    1回1回が分断された何かで停止していくのではなく、
    身体の内部では次のところへ向かって移動があって、
    外部の身体がそこへ釣られて向かうというような、
    途切れ目のない、停止しない身体があるのだと思います。

    風が吹いてくるということは誰でも分かるけれど、
    風の始まりを知ることは出来ず、その終わりも分かりません。
    ただ、体に当たった時に風の始まりと終わりを感じるだけです。
    敵にとって恐ろしい攻撃とは、そのようなものではないでしょうか。

    なんて三流ポエマーみたいに遠い目をしてる場合じゃなく、
    昔の武人は、「トンボが水面をたたく」みたいに、自然の観察力というか、
    大自然と人体の不思議な繋がりを、大事にしているようなところが、
    伝書とかに、しばしば垣間見えるということです。

    体捌きとかを「水」に喩えるなんてのは、夙に知られていますが、
    構え方を「天地人」なんて言うのも、実にもっともです。
    こういったことに限らず、昆虫の動きとか、四季の運行とか、
    ツブサに観察して、それらから何事かを学びとろうと努めている。

    もちろん、現代社会と違って、自然豊かだってのは分かりますけど、
    自然が豊かだから、自然から何かを学ぶ、ということではありません。

    さらに、学ぶというのは、単にそれを知っている、というだけでなく、
    関連付けによって初めて生きてくるものです。
    ぼけーっと刀を素振りしている人にとっては「トンボが産卵の時期か」
    と思うだけで、自然はそのまま日常の一齣として通りすぎる。

    しかし「まなぶ」という意識を持った者は、
    「む? この蜻蛉の尾の動き、まるで刀を交えるときのようだ……」
    と、関連付けをするなかで、自分を養っていく。

    刀をサッと抜いて、カッコ良くいきましょう、というのもいいですが、
    どこかにゆとりをもって、自然の動きに身をゆだねてみる時間を作り、
    そこから自分の剣義を悟る、なんていうのも良いではないか、良いではないか!

    というわけで、最後は悪代官みたいになっちゃいましたが、
    古武術ばっかりやってたって強くなれん。
    師匠や仲間からだけでなく、自然からも何かを学べ。

    そのためには、人は自然の上に立つという傲慢な考えや、
    自然破壊はやめろとか、地球と共生しろ、という、
    エゴ武道ならぬ、エコ武道なお話でした。


    (文責:早乙女)

  • #43

    稽古のつまみ第20.5回(閑話休題) (月曜日, 03 7月 2017 14:22)

    アクセス、ありがとうございます。

    今回は、身内ネタになってしまいますので、
    会員外の方には、まことに申し訳ございません。

    昨日、会員同士の懇親会が行われました。
    会員の方のご実家をお借りして、持ち寄りでBBQでした。
    そのことに対するお礼の文章になります。

    「同じ釜の飯を食う」という諺がありますが、
    不思議と、13:00~17:00まで行われたBBQを通して、
    会員の方々の絆は、前よりもずっと強くなったように思います。

    稽古だけでなく、こういった「稽古外の時間の共有」が、
    上手に働くことによって、信頼関係を濃くしていくんだな、
    ということを実感いたしました。

    お互い、身体を借り合って、投げたり、打ち合ったりする者です。

    限られた「稽古」という時間だけでは、見えてこないものがあって、
    このなかだけで考えてしまうと、どうしても距離感を埋めるのは、難しい。

    とくに、私のような人見知りは、たいてい無反応・無表情・自分勝手……、
    といった誤解を生むので、とても苦労するのですが、
    それは、私が相手を見るときも同様です。10秒で印象は決まるとか言いますが、
    表面的な理解で人格を即断することなんて、出来ません。

    だからこそ、私服で集まって、ザックバランな話をしてみることで、
    ものの考え方、普段着での態度、後片付けへの姿勢、猫に対する接し方など、
    そういったものが見えてきて、稽古での信頼感は増すのだと実感しました。


    他のところで稽古をされている方も、稽古が終わったら「はい、さよなら」、
    というだけでなく、お互いの身体を貸し借りしている世界にいる以上、
    金・時間など、さまざまな理由があるとは思いますが、
    稽古を離れた時間でコミュニケーションしてみることを、お勧めいたします。

    あ、でも、三角関係とか、誰かを蹴落とす謀略への加担とか、
    そういう破滅的なトラブルを推奨しているのではないので、
    そのあたりは、意中御汲み取りください。

    --------------------------

    細谷さん
    レモンそば、紫蘇そばと、おいしいお蕎麦ありがとうございました。
    食事後の稽古は、お疲れだったようですが、
    稽古後も珈琲店へ連れて行っていただき、
    おまけに毎回、DVDも届けていただいて、
    おんぶにだっこでございますが、深謝申し上げます。


    野本さん
    稽古では、重心からの稽古をつけていただき、
    ありがとうございました。BBQ中にも、いくつか技をご披露いただいて、
    久しぶりに、八光流の技を受けたときを思い出しました。
    稽古後の珈琲店では、心と技との関係性の話が印象深く、蒙を啓かれた思いです。


    遠江さん
    いつも女性陣の稽古で、明るい雰囲気を作り出してくださり、
    ありがとうございます。以前、重心の稽古で教えてくださったことが、
    今回も野本さんの稽古で、なんとか繋がってくれたように思います。
    コンテンポラリーなあくびを見逃したのだけが心残りです。


    ソギンヌさん
    木村さん家のこだわりのでっかいスイカと、珠玉のサトーニシキ、
    女子力を見せつける、新タマ・新ジャガ・ナス・キノコ祭りの数々、
    感服(満腹)いたしました。以前、中心取りの稽古で、
    その迫力に押され「猪」呼ばわりしたことを、ここに謝罪します。


    Iさん
    古武道や、昔の日本人についてのご高説、いつも面白く拝聴しています。
    BBQでは、ときおり、焼き奉行もご担当いただいて、
    とくに、魚貝を美味しくいただくことが出来ました。
    小心者の私では、あまりまっとうな稽古相手にはならないかもしれませんが、
    今後とも、よろしくお願いいたします。


    寒川のIさん
    このたびは、ご自宅を開放して、BBQの場をご用意いただいたばかりか、
    生き伊勢海老やサザエ、トコブシといった、高級な食材でおもてなしくださり、
    誠にありがとうございました。こういった機会のない私は、感動しました。

    稽古後にポツリと「やりたいことの半分ぐらいしか出来なかった」と仰ってましたが、
    もし次回があるならば、残り半分は、そのときの楽しみにさせてください。

    ご母堂様にも、少し昔のお話しをしていただきました。
    前にお飼いになっていた猫のお話しも。洗い物もせず失礼して、
    申し訳ございません。これから夏本番になります。
    畑仕事では、脱水症状など、お気を付けください。
    ご家族、ご一統様へも、よろしくご伝声ください。


    会長
    愛してる。それだけ。あ、あと、肉うまかったッス。
    LINEに動画、送るからね。

  • #42

    稽古のつまみ第19回(その3) (水曜日, 28 6月 2017 18:34)

    手の内に関する、国井さんのエピソードについてです。


    国井さんが、出羽の三岳氏と戦ったときのこと。
    三岳さんは六尺棒、国井さんは袋竹刀で対峙しました(以下、敬称略)。

    しばらくの睨みあいから、三岳が棒を斜めに打ち、
    面を狙います。これを国井が切り止める。
    その刹那、棒は電光石火の勢いで変転し、
    切り止めた太刀を煽り返して、攻勢に転じようとしました。

    この瞬間、国井の「手の裡(うち)は円転」、
    間髪入れず、相手の首筋を、肩口から斜めに押さえつけ、
    仰向けざまに打倒しました。

    ここに、「手のなかが円転した」ということがあります。

    さらに、三岳は棒から鎖鎌に持ちかえます。

    5,6尺の長さで振り回される分銅。
    迫ってくる鎖を斜め上段に切り止めた国井は、
    分銅を太刀に巻きつけます。これで残るは鎌の防御だけ。

    そこで国井は、左足を踏みこみながら、刀の柄を相手に向け、
    逆にかつぎつつ、右足を踏みだしました。
    その瞬間、三岳が国井の首をめがけて鎌を打ち下ろします。

    その刹那、国井は、まだ操作にゆとりのある太刀で、
    鎌を下方から三岳の腕もろとも押さえつけながら、
    斜め横に煽りをくれました。

    三岳は、これに辛くも耐えましたが、
    次の瞬間、国井の「手の裡は円転して」、
    三岳の胸部を押し捲り、三岳はドタッと仰向けに倒れます。

    これが鹿島神流「円の虚太刀」とのことですが、
    ここにも「手のなかで円転した」ということがあります。


    善彌さんのご子息は、義之さんという方ですが、
    この人が「円転」のことではないか、と思われることを、
    自分の言葉で説明してくれているので、引用します。


    「柄は手の内、刀の操法は螺旋にというのが極意です。
    柄頭は小指の中に納まっていなければならない。
    それで刀の動きが自由になる。

    瞬間に手の中で返すこともできるのですね。
    操法も、つねに手の中で螺旋を描いていなければならない。
    それでこそ稲妻のような変化ができるのです」


    ということです。



    僕は以前、兄弟子の方から、これが鹿島神流の木刀だよ、
    というものを一本、譲っていただいたことがあります。

    その木刀は重量がかなりあって、当時は廻剣するにも扱いづらく、
    柄は、一般的なものがハーモニカのように楕円状なのに対し、
    むしろ筒状で、(たいへん失礼な喩えとは承知ながら)
    なんだかトイレットペーパーの芯を握るようでした。

    しかし、いま思うと、「手の中の円転」を生みだすには、
    クルクルと回転するのに適した形状で、
    効率のよい作りをしていることが分かりました。


    なんでも鹿島神流は、大自然の運行と刀の使い方は、
    原理的に同質である、という教理のようです。
    太陽が昇って沈むように、「発して戻る。戻るのは打つためである」
    と義之さんは言います。


    ちょっと卑近なたとえですが、ネジを締めたり弛めたり、
    というのが、手の中の柄の動きだとすれば、
    螺旋に手の内から柄が放たれても、
    螺旋に手の内へ柄は戻ってくるわけです。
    もっとも、本当にクルクル回転しているわけではないでしょうが。

    義之さんはまた、柔術について、こうも言っています。


    「自分の指をにぎりしめてはいけない。
    それでは、肘、肩、手首だけの力になる。
    五本の指をみな開くということは、
    腹の力、全身の力が、そこに流れるということなのです」


    大東流合気柔術の流れを組むといわれる、
    八光流の柔術においても、手は、その名のとおり、
    「八光」、すなわち、パーの形に開きます。

    これは、義之さんが言うとおり、脱力することで
    力に頼らず技をかけることを意味しています。


    ということは、「打推し」「打引き」というのも、
    心形刀流では「螺旋」とは言っていないけれど、


    手の内に、刀を自在に千変万化させるだけの「ゆとり」、
    すなわち、手の脱力によって作り出される空間と、
    それに伴う自在な刀の扱い、ということに繋がることを言っているのかも。


    はー。やっと終わった……

    と思ったら、まだ文章に続きがあったー!!!


    長くなるので、第20回でお会いしましょう。

    (文責:早乙女)

  • #41

    稽古のつまみ第19回(その2) (水曜日, 28 6月 2017 18:31)

    『常静子劔談』勉強会の続きです。

    心形刀流における刀の「手の中」とは、いったいどのようなものなのか。
    前回は、そこでストップしてしまいましたので、
    勉強会の趣旨である、僕の勝手な解釈を進めてまいります。

    刀剣は、とにかく刃が切れるように作られているものです。
    だから、手から離れた刀が、そのまま落下してきたって、
    妙なたとえですが、小学生が無邪気に引いてみたって、切れるのです。

    そこを、刎頚を意識したり、兎角ブチ当てることに集中すると、
    余計で、無駄な力が入っていくもので、グイグイ押し込んでしまう。
    あるいは、ぶん廻しだとか、「切断」を意識した扱い方になる。

    僕のような素人は、かつて斬心塾の東郷秀信さんが、蝋燭のマッハ斬りだとか、
    古銭の土壇斬りとか、生玉子を斬る、なんてのと同様に、
    彼が「巻藁」なんかをスパ! スパ! と斬るのを見ると、
    どうしても、このイメージで首元に太刀を送りがちです。

    しかし、もともと切れるように出来ている刀剣を、
    体捌き以外の手段で当てるのは、力の無駄遣いにすぎません。

    巻藁に日本刀がザグッ! と刺さって途中で止まると、
    ふつう「あ、失敗してやんの」とギャラリーは思いがちです。
    もちろん、刃筋が通らなければ巻藁は切れず、
    下手すれば、日本刀を曲げてしまうことになりかねません。

    ひんまがって波打った刀を、いったい誰が直すっていうのでしょう。
    巻藁を巻くのだって、結構大変で、地道な労力が必要なのです。
    だから、出来ないことを出来ないと認めず、見た目ばかり追求する、
    似非師範みたいなのは、ダメだと再三いっているんです。

    ですが、一見失敗したかに見える、巻藁の途中で刺さった刀も、
    多少グロテスクな想像ながら、この巻藁を人の首だと考えれば、
    こんな状態になって生きている方が不思議です。
    そんなのは、「アイ・アム・ア・ヒーロー」ぐらいのもんです。

    頚を刎ねなくとも、頸動脈にかすった時点で、極めて危険だし、
    武士だって、自分の血を見れば、戦意を喪失する輩だっているでしょう。
    それが首なら、なおのことです。

    ということで、グイグイ押し込もうとせずに、
    ここは「ただ真っ直ぐ出す」という、この「ただ」を実践し、
    ふわりと相手に当たることを目指す。これが太刀で打つ稽古のポイントです。


    ところで、静山の場合は、「打推し」と書いているのだから、
    腕で押し込まないまでも、手の中においては、少し打つときに、
    刀の柄は、すっぽ抜けるようなイメージを持っているのかもしれません。

    あるいは、当たってから、「斬り」の体捌きになるときの様子を、
    あえて「推す」という風に表現したのでしょうか。

    先に「推す」と「押す」の区別をあまり考えませんでしたが、
    あるいは「推す」の場合は、腕を完全伸展にして、身体を使うイメージ。
    逆に「押す」は、「のれんに腕押し」というように、腕だけ使うイメージ。
    このように静山は、言葉を使い分けているのかもしれません。


    逆に、引くときには「打引き」と口で唱えろ、ということですから、
    刀の柄が「手の中」で、滑って戻ってくるようなイメージなのか、
    あるいは、体全体を使って刀を扱うイメージなのでしょう。

    何にせよ、「手の中」とはっきり断っている限り、
    打つときには、最初から最後まで、手が「ギュッ」となって、
    柄を握り締めてしまいがちになることをメインにした言及でしょう。

    手の中で「推す」「引く」の手応えがあるぐらい、
    刀の「動き」が出るように、ふわっと包むことを意識せよ、
    それも、忘れないように、打つときは、ちゃんと口に出して意識せよ、
    ということを伝えているのだと、今はそのように解釈してみます。


    文章の続きを読んでみると「骨打包丁」とあります。
    これが、どんなものかは分かりませんが、魚の骨を粉砕するぐらいですから、
    そんな風に、刀はぶっ叩いて扱う道具じゃありませんよ、
    ということを警告しているのでしょう。

    力で打ち込んでしまうと、足もぐっと踏みこんでしまって、
    重心が片足に乗っかってしまいやすい。そうなると、
    その足をサッと移動させるのは難しくなる。
    いわゆる「居着く(居付く)」というやつです。

    僕が「海老名古武道研究会」に入会した当初、細谷さんから、
    「すっぽ抜けてもいいから、刀を投げちゃえよ」と教わったことがあって、
    そんな風に打ち込んだら、相手が思いきりのけぞったことがあります。

    まあ、本当に木刀を放り投げて来ると思ってなかったから、
    相手はびっくりしただけかもしれないし、
    本当に投げちゃったら、僕に武器はないから、あっさりやられるわけですが。

    これぐらい、刀の柄は、自分の手に、付かず離れずしていて、
    いわば「柄」が「手のなか」に「居着かない」状態なのでしょう。

    刀の柄を包む手の内には、まさに「手の内を見せない」という言葉どおり、
    その使い手にしか分からないような、小宇宙があるのでしょうが、
    単に刃筋や、切っ先、廻剣が体捌きとして自在なだけでなく、
    静山の教えが示すように、手の内においても、自在なのです。

    そういえば、国井善彌さんは、よく「円転」という言葉を使います。
    それは、実践の死闘においての場で用いられました。

    国井さんの武勇伝の紹介がてら、2つの例をあげましょう。


    と思いましたが、
    文字数の都合でアップできないようでした。

    つづきの部分は、つづく!!


    (文責:早乙女)

  • #40

    稽古のつまみ第19回(その1) (水曜日, 28 6月 2017 18:29)

    アクセス、ありがとうございます。


    一、総(そう)じて打(うち)の手の中は、進むは打推(うちお)し、引(ひき)は打引(うちひ)きと唱(となえ)て打つべし、如斯(かくのごとく)すれば自然と手の中を覚(おぼ)ゆべし、骨打包丁にて魚を切る様に打つは未熟なり、又やうぢう剣と云ふ太刀の打(うち)は、蜻蜓(とんぼ)の尾にて水面を打つこゝろ也


    剣術における刀の打ち方について述べたものと思われます。

    本文に「総じて」とあるので、どのような刀法を使う場合でも、
    あるいは、普通に「打つ」という場合でも、適用されるようです。

    進む、すなわち相手に向かって刀を出すときは、「打推し」、
    と口で呟きながら打つと、自然の「手の中」のことを理解しやすい、
    というように静山は言います。

    ここでの「推し」は「押し」と同義なのか、分かりません。
    ふつうは「推しはかる」とかのように、心理的な意味合いなので、
    物理的に「グイっ」と押すことのようには思えません。

    当会では、四太刀を使って、講師と会員が剣術の斬り結びを学びます。

    一畳半ぐらいの距離を取り、お互い「八相の構え」で立ち合い、
    会員(仕手=攻撃を仕掛ける側)は講師(受手=攻撃を防御する側)のもとへ、
    3歩を使って、歩み寄ります。

    右、左、右の順で歩を進め、3歩目(2回目の右足)のときに、
    右足を出し終わるのと、木刀で相手の首筋に木刀がピタリと寄るのが一致する、
    という意識で、会員は手を伸ばすようにします。

    できれば、出している右足も、指先や膝先が、
    ちゃんと相手を捉えていることが大事で、
    内転していたり、外開きでは、理想的ではありません。

    八相の構えにおいては、そのまま真っ直ぐ手を出せば、
    自動的に相手の首筋へ刃が当たる、という構えなので、
    そうならない、ということは、何かしらの歪みがあるのでしょう。

    基本的に受けは上級者(当会では講師)が務め、
    原則「当たったら上級者が悪い」というスタンスです。
    よって、ひと太刀目については、木刀が届かないと踏むと、
    講師は敢えて当たる位置まで近づいてきて防御してくれます。

    何気ない動作ですが、普通は太刀が来れば、怖くてのけぞるもので、
    ふっ、と寄ってくるというのは、相当高度な受け方なんじゃないかと、
    勝手に思うものですが、仕掛けるこっちとしては「まーたダメだったか」と、
    ひと太刀目から、すでに心が折れている。

    こんな感じで、右、左、右、左、と体を入れ替えて、
    常に相手の首筋を狙って木刀を出していきます。

    さて、このときに指導されるいくつかの定型文句があって、
    1つは「届いてない」、もう1つは「押し込まない」。

    前者は、そもそも3歩で、相手のところまで届かないというものと、
    木刀を出してはみたものの、相手の首筋まで届いてないというものの、
    2つのパターンがあります。

    ひと太刀目は届いても、ふた太刀目は届かない、
    ということもあります。

    後者は、届いて当たってはいるけれど、
    腕の力に頼って、ふわっと相手に当たらないという感じです。

    たとえれば、雪のひとひらがを手の平で受け止めるとき、
    人は、雪のひとひらの冷たさは感じても、重たさは感じない。
    あたかも手の平が、天空からの終着駅であるかのように、
    雪は、手の平の上に「ちょうど」停止したかのようです。

    講師の方々が首筋を狙って打つ木刀というものは、
    そのように、相手の首筋にヒヤリとした感触は残しても、
    そこで、頸動脈をグイグイするような重たさは与えず、
    あたかも、首の皮一枚のところが終着駅であるかのように、
    ピタリと停止し、わずか一分の重みさえも与えません。

    換羽期のセキセイインコが、嘴でこそげ取った一枚の羽が、
    ふわっと相手に舞い降りるように、視覚的には早く見えても、
    ゴンッ、バチン、ゴツン、と激突することはありません。

    斬り結ぶときでさえ、木刀の乾いた音は弾けても、
    それでお互いが、いかにもやりづらそうに、
    木刀を握り直して、位置を調整する、なんてことは起こらない。


    にも関わらず、静山は、「打推し」「打引く」と唱えろ、
    ということを教えています。

    いったい、その意味するところはどのようなことなのでしょう。
    そして、このときの手の中とは、どのようになっているのでしょう。


    ということで、つづきは次回!

    (文責:早乙女)

  • #39

    稽古のつまみ第18回 (水曜日, 28 6月 2017 18:27)

    本日も、アクセスありがとうございます。

    今日、とあるTV番組で、チーターが走る姿を、
    正面からスローで流すシーンがあって、
    恐ろしく衝撃を受けました。

    眼がまっすぐ対象を捉えているだけでなく、
    あれほどのスピードで、低く、かつ、肩や足の筋肉が激しく動くのに、
    顔面の高さが、ほぼ一定で、上下左右にブレないのです。
    「ああー、こういう動き方してえーー!」と心底思ったものです。


    さて、前回の内容が、かなり内面的なことに固執して、
    稽古との連動性が分かりづらい文章になってしまいました。


    まあ「君の好きなように書け」ということですから、
    仮に分かりづらくても、そこはそこで、
    読者には耐えていただきたいと思う反面、
    伝えられないなら文章ではない、とも言えます。

    そこで、今回は、もっと稽古の実態に則した、
    自分の考えなんかを、具体的に書いてみました。


    古武道での稽古では、「膝のゆるみ」とか「股関節のゆるみ」、
    ということが、非常に大事になります。

    この考えは、かなり汎用性が高いもので、
    柔術でも、剣術でも、居合術でも、
    相当な局面において、この身体運用が使われている、
    ということが、最近の稽古で分かってきました。

    たとえば柔術ですが、自分の体を「落下させる」という、
    こういう動きで、接触している相手を崩す、
    そのような技があります。

    この「接触」というのも、種々様々なので、
    今は、物理的に相手の身体あるいは衣服の一部に、
    自分の指なり、手の平なり、腕の一部なり、身体のどこかが、
    接点を持って触れている、ということと同義としましょう。

    この「接触」を「コンタクトする」ということと同義で扱うと、
    「コンタクト」することには「非接触」が含まれてしまうため、
    これから書くことがややこしくなるからです。

    たとえば、相手の両肩を、僕が両腕で掴んだとして、
    自分が正しく「落下」できれば、相手も腰から崩れます。
    この「腰から」というのが、意外にミソでありまして、
    上手く崩れないと、大抵、腰で引っかかるものです。

    さて、それは一端、脇に措いてしまって、
    この「落下」というときに、イメージとしては、
    下半身が屈伸する、という身体運用になりがちです。

    しかし、実態は、まったく逆です。

    いわゆる「ゲーセン」という施設に、
    「UFOキャッチャー」なるアミューズがありますが、
    あれが、対象となる景品をつかみ損ねたときに、
    グイーンと、アームの部分がUFOの内側に回収されますね。

    あんな感じです。他にいい喩えがない。

    人が佇立したときに、その股の間、完全な中心の部分、
    そこにぽっかりと格納庫があるとして、
    その中へ、シュシュシューーっと両足が踵から吸い込まれるような。

    つまり、「しゃがんだ」んじゃなくて、「浮いた」んだよね。

    でも、ここで忍者がするみたいに「跳躍」すると、
    単に床を蹴っただけの、スポーツ的な、日常的な身体運用で、
    これではない。

    いわば、床から足の裏が剥がれる感じですね。
    それも、股関節や膝がゆるむと同時に、そうなる。
    足を「引き上げる」わけです。

    UFOキャッチャーが景品を引き上げるみたいに、
    身体の格納庫へ、足を回収するんです。ヒュッ! って。

    でも、重心が落下してこないと、ただジャンプしたのと同じだから、
    上半身は「慣性の法則」で、上空に浮いたまんまになってしまう。
    このとき、両脇から誰かに支えてもらっていたら、
    ご両親に抱えられた、幼稚園児みたいな感じになってしますことでしょう。

    だから、関節がゆるんで、足が格納されて浮くのと同時に、
    自分の重心は、目的地である下へ向かって落下します。

    ここに「タイミング」があるのかどうか、ちょっと分かりませんが、
    あるとして、タイミングに失敗すると、「しゃがんだ」ことと同じになり、
    この場合、お尻が後ろに突きだしてしまうはずです。
    これは、「お尻を突き出さず」落下するための身体運用でもあるのです。


    ちなみに、足を、身体の内側へ格納するといっても、
    力士の土俵入りみたいな、踵がくっついた感じでしゃがむわけではない。
    たとえ足を「引き上げ」たとしても、終わったときの姿が、
    四股を踏んだときみたいに、開いていることだってある。

    あくまで、身体運用のイメージの話です。

    さて、ここからが、今回の気付きなのですが、
    実はこれって、青眼の構え(中段の構え)から廻剣をしつつ、
    一歩前へ直線に動くときの動作も、同じなんじゃなかろーか、
    ということなんですよね。

    一歩前へ動くと、相手に対して身体は直角になって、
    ガニ股に開いたような、いわゆる「一文字腰」になって、
    両手は完全伸展した状態で頭上に掲げられ、
    刀は、完全伸展した左手の、上腕二頭筋の後ろあたりに来ている。

    この一文字腰になるときも、足を引き上げてんじゃないかなー、
    と思うんですよね。どうしても横に開くときに使う身体運用、
    というイメージが強いんですが、タテに動くときも使ってんじゃないか。

    もっというと、歩くときも、重心の移動だけじゃなくて、
    表面的に見えないだけで、引き上げながら使ってるんじゃないか。
    かといって、カックン、カックン、崩れているわけじゃないから、
    そこらへんは、説得力に乏しいんだけど。

    太刀を構えるときも、膝を折って、腰を低くしているけれど、
    関節のゆるみと、足の引き上げる感じを同時に使っているから、
    重心が分散しているだけじゃなくて、浮いている状態になって、
    思っているより、疲れない姿勢なんだろうと思います。

    別の見方をすれば、筋肉でぷるぷるしながら、
    膝を極限までスクワットして固定したような身体の使い方だと、
    確かに、腰は低い姿勢のように見えるけれども、

    古武道的な身体運用によって曲げている人が、
    たとえ、その筋肉マンと比べて、腰の位置が高く見えても、
    内実としては、全然異なるものなのだと思います。

    青眼で構えたときには、左足が直角に曲り、膝小僧は地面に着かず、
    足の指の付け根あたりで地面を捉え、ふくらはぎは地面と水平になっている。

    なんでも、昔の武士(古武道が、リアルタイムに現代武道だった頃の人)は、
    そのふくらはぎの上に、酒や水を注いだ盃をチョコンと載せて、
    その盃から液体が零れないよう、そのままの姿勢で廻剣したそうです。

    凄まじいですな。

    (文責:早乙女)

  • #38

    稽古のつまみ第17回 (水曜日, 28 6月 2017 18:22)

    本日もアクセス、ありがとうございます。

    暦の上では「仲夏」となり、五月雨が降る日が増えました。
    最近の若い方は「五月雨をあつめてはやし最上川」の「五月雨」が、
    文字通り旧暦の「五月」の雨、すなわち今の「梅雨」だと知らず、
    五月雨は古典の世界の一現象、というように捉えているようです。

    五月は皐月ともいいますが、写月・鶉月・授雲月・浴蘭月、
    あるいは、梅天、厲皐・芒積・茂林・小刑・星花、などと異名があり、
    この月は田植えをする女性が活躍する月ですから、
    私の苗字「早乙女」とも縁が深いのです。

    ちなみに、早乙女を五月女と書くのも、旧暦五月に田植えする女性だからです。
    そのわりには、早乙女のことを、「早少女」とか「五月少女」と書くことは、
    意外に知られていません。


    最近、早乙女たちが活躍する農村に、怪しげな若者が集い、
    地域の活性どころか、大麻パーティーの場として隠れ蓑に用い、
    却って過疎化が進む地方に忌まわしい歴史を残すという、
    実に嘆かわしいニュースを聞くことがあります。

    地方の空洞化が進む中で、文字通り、空き家が増えてくると、
    そこを不法占拠する人々も出てくるようです。

    ヨーロッパなどではこれを「スクォッティング」と言って、
    日本では「空き家不法占拠」とマイナスに訳されるのですが、
    むしろ「空間占拠」という、ポジティブな概念で理解されています。

    実はいわゆる「ホームレス」のダンボールハウスなんかも、
    スクォッティング的な「活動」として理解されたりと、
    この概念は、結構幅広く適用されていて、

    要は「住むためには家賃を払う」という固定観念を取っ払った、
    一種の文化活動としても積極的に実践されているのです。

    もっと進んでいると、オルタナティブな難民受け入れ場や、
    自主管理された自律的経済活動を行っていることもあります。


    このスクォッティングということを、
    僕自身は、稽古をするときに、自分の内面のこととして、
    元の意味からはだいぶ離れたところで考えていたりします。

    自分の内面を、一棟の、日本で言う「マンション」、だとしましょう。
    階数は自由ですが、自分の年齢と同じと考えると分かりやすいです。
    自分は、そのマンションの住人兼管理人です。

    1つの階層ごとに、365部屋があるとすると、
    その1部屋、1部屋には、自分の経験してきたことや、思い出、
    開けないと何が入っていたか分からない部屋や、
    逆に開けなくても何があるか分かる部屋もあります。

    マンションの住人は、原則としてマンションのルールに従い、
    日々の生活をし、そこに日々のデザインを刻んでいきます。
    中には思い出したくない「暗黒の部屋」だとか、
    ブルーばっかりの「青鬼」の部屋みたいなのもあるかもしれません。


    さて、ここで古武道です。

    古武道を学ぶということは、住人=自分は、
    今まで生きてきた方法では、まったく物事が通用しないことを知る。
    どの部屋を開けてみても、その解決方法が分かりません。

    しかも、自分は管理人でもあります。管理人はルールマスターです。
    よって、自分自身が、自分のルールを変更せねばならない。

    そうなると、何が起こるのか。答えは簡単です。
    今まで住んでいた住人=自分(たち)は、ルールに対応できず、
    大方、そこから出て行ってしまうのです。

    すると、たくさんの部屋が、空き部屋となっていく。

    古武道の稽古から帰宅すると、ごちゃごちゃ学んだ僕は、
    その空き部屋に、新しい自分を強制的に住まわせます。
    つまり、自分のマンションのスクォッティングです。

    古武道を学ぶということは、単に日常の身体の使い方だけでなく、
    価値観であるとか、自分が歩んできた生き方さえ、ときには捨てて、
    まったく新しい自分と出会い続けるということでもあります。

    部屋から出て行きたがらない、頑なで、依怙地な自分を、
    ときには追い出すことも必要になるかもしれません。

    逆に、古くからの「自分」という住人の経験や提言が、
    新しい自分にヒントをくれるときもあります。

    マンションは、年を重ねるごとに、どんどん上層へと伸びていきます。
    しかし、そこで思うのです。

    管理人は、最上階で下層民を見下ろすように踏ん反りかえって、
    いつか、バベルの塔のように、崩されてはならない、と。

    常に、管理人が一番初めに住んでくれた住人を忘れないよう、
    たとえ新しい自分が入室したとしても、その人を尋ねること、
    その人がいることを忘れてはならないと。

    僕たちはそれを「温故知新」と呼び「初心忘るべからず」と言いました。

    古武道で迷いが生じたり、悩んだりしたとき、
    あるいは、足踏みしてなかなか先へ進めないとき、
    「自分」という最初の住人の部屋をノックする、
    そのことを常に心がけたいと思うものです。



    ……まあ、初心を思い出すと、ついでに「ああ、あんな変な人もいたな」、
    と、ろくでもない思い出を振り返らないといけないこともあるかも知れないですが、
    そこは、日本人的な土地所有権を叫んで、追い出しておきましょうね。

    (文責:早乙女)

  • #37

    稽古のつまみ第16回(その3) (月曜日, 19 6月 2017 12:42)

    さて、前回から続く「切甲刀」に関する解釈の、
    最終回になります。

    相手の打ってくるところを兜で受けて、
    その瞬間に、自分の刀を相手の面へ飛ばす。

    こんな技はまさに、鵜殿長通(うどの・ながゆき)が著した、
    『四藝説』(しげいせつ)に載っている、

    切むすぶ 太刀の下こそ 地獄なれ 身を捨ててこそ うかむ瀬もあれ

    という道歌の世界そのものです。長通は、

    「武術におゐては、いよいよこらへ忍びて
    己(おの)が身を捨(すて)るにあらざれば、勝利あらざるとなり」

    と、ギリギリまで堪えたうえでの〈捨て身〉の覚悟がなければ、
    勝利は得られない、と記しています。

    交えた刀の下へ、そのぽっかりと空いた地獄の中へ、
    自ら飛び込み、勝ちを拾うのです。
    自ら打たせてから、相手を打つように。


    長通は、戦国時代にいたという、
    正成(まさなり)と信成(のぶなり)という兄弟の例を挙げて、
    こんな話を紹介しています。

    兄の正成は、射術や弓力で弟の信成に勝っていました。
    ところが戦場へ出ると、弟の方が活躍します。
    不思議に思った正成は、信成にその理由を聴きました。

    すると信成は「兄さんは臆病なところがある」と言います。
    正成が「どういうことか」と問い返すと、
    信成は「私は敵が追いかけてきても、弓は引いたままで矢は打たない。
    敵の槍が私の拳に届こうとしたときになって、矢を放つのです」と答えました。


    人は、戦いの場に出ると臆病な心が表れてきて、
    相手の剣だとか槍だとか矢が、自分に届く前から、
    焦って不必要な攻撃をしてしまうことがあります。
    恐怖に負けてしまうからです。

    これがかえって自分のスキとなり、命を落とす危険に陥ってしまう。

    相手にしてみれば、いくら馬鹿力で三尺刀なんかを振り回していても、
    来るな、来るなー! って感じで矢を連発してきても、
    自分に届かない刀や矢なんて、怖くもなんともないから、
    余裕をもって反撃ができるのです。

    だから、刀を抜かれたって、弓矢を引き絞られたって、
    棒を向けられたって、槍を構えられたって、
    恐怖心を押さえれば、そこでは、まだ勝敗は分からないことが、
    きっと分かるはずです。

    逆に言えば、臆病な心と闘い、命が危険にさらされる限界まで忍耐して、
    そこから攻撃に転じれば、自分の刀は確実に相手に当たる。

    こういった書き方を鑑みると、
    この長通の逸話は、「間合いの大事」みたいなことに関わる話、
    と理解できるでしょう。


    武器の届かない間合いなんて、怖くもなんともないはずです。
    たとえば、100メートル向こうで、真剣を振り回している男がいたとして、
    「あ、こいつ、危ないから逃げよう」という判断材料にはなっても、
    それでもって、直ちに自分の体に刀が当たる、なんてことにはなりません。

    まあ、よほどの腕力で、投擲のごとくに真剣を放り投げてきたとか、
    そういう特殊な場合を除きますが、そうなったらそうなったで、
    相手は武器がないわけです。臆病者の打つ矢とは、こういうものなのです。

    逆に、どんな金剛剣を持った武士も「懐に入られる=間合いゼロ」ならば、
    持った刀を相手に振り下ろすことも出来ないわけです。

    再現してみれば分かりますが、相手に木刀を頭上で立ててもらって、
    その相手の腹のあたりに、自分は丸くなってピッタリとくっついてみる。
    たぶん、相手は「刃」に当たる部分では、もうどうしょうも出来ないはずです。
    柄頭で殴るとか、そういうのはまた、別の話。

    それほどに「間合い」という考えは大事なのです。

    もちろん、怖さの克服には、それ相応の稽古が必要となるのですけど、
    そういう意味で、稽古では相手の技にしっかりかかることや、
    重心から倒れるときには、どこかに踏ん張って「居つく」ことを避ける。

    相手の技に対して、意地悪く力を抜いて、掛け方が下手なように揶揄したり、
    がっぷり組まれたところで、わざとお尻を後ろに突き出して掛りを悪くして、
    そうやって技が出来ていないかのように相手を謗ったりするのは、卑怯者です。

    また、怖さの克服だー! ってことで、ボッコボコに竹刀で叩きつけたり、
    柔術では技をかけて相手を嫌というほど床に叩きつけたり、
    捻挫や骨折で生活に支障をきたすまで、捻り捩じり殴打したり。

    こんなのは、感情を閉ざさせるだけで、恐怖を克服させることはない。
    虐待を受けた児童が「凍りついた心」になるのと同じで、
    こんなもんは、稽古じゃなく、単なる暴力か犯罪行為です。


    当会の古武道には、ある種、心を育てるという面がありますが、
    暴力や威圧なんてのは、他人の心を踏みにじるだけ。
    和歌が人の心を種として生まれ、「言の葉」を茂らせるように、
    枝葉や花実は育て伸ばすものであって、踏みにじるものではない。

    ましてや、人と争わない心のために稽古しよう、と言ってるのに、
    刀やら手裏剣やら弓矢やらの武器に眼を光らせ、
    「おお~! こ、これは、とんでもない威力だ!」とわななくとか、
    そんなん、どーでもいいわ、洟タレ! お前は武器コレクターか!

    古武道の技の、ひとつひとつを通して、わがままな心身を見つめ、
    身体にこびりついた安全装置を、ひとつひとつ、丁寧に解除する。
    筋肉のこわばりをほぐして、骨格や軸や芯みたいなものだけを残して、
    あとは脱力しておく。軟体動物ではなく、芯のある柔らかさを保つ。

    そういった古武道だの、古武術だのと呼ばれる世界に足を踏み入れといて、
    どこをどうすれば、なにかっちゃあ武器を握りしめて、
    相手を先制攻撃だ! 使い方を工夫すれば殺傷できるぜ!
    とか、そういう方向へ考えが流れるんだろうか。


    「きりむすぶ」歌の本意も、「切甲刀」の極意も、
    結局、自分の臆病な心をどれだけ諌められるか、
    そして、曇りなき月の心になるか、ということなのです。
    臆病者は武器を取れ、なーんて話は、一言も書いてない。


    臆病になると、筋肉は緊張し、肩は怒って、脱力が出来ません。
    また、怖気づくことで「間合い」を計り誤ってしまう可能性が高い。

    だからこそ、どのような道場であっても、
    稽古を共にする仲間同士は、崩し崩されるための信頼関係が不可欠だし、
    稽古での信頼性のためには、力だの勝ち負けだのといった、
    〈一般的なスポーツの頭〉で身体や技を運用する稽古は避けるべきだし、
    そもそも「人として」まっとうな人間であってよ、ということです。

    「稽古」を、「仕事」とか「勉強」に変えても、同じことですね。

    だからこそ、古武道で「自分を見直そう」という普遍的な観点から、
    日々の生活や、人としての生き方を云々することが出来るのです。


    普段から相手を傷つけることばかり考える人間というのは、
    本質的には臆病者だから、自分は傷つけられるのが嫌いです。
    だから、対等の場に立つことが、決して出来ない。

    仮想敵や攻撃対象ばっかり作って、無謀な自論を展開し、
    何かというと「先制攻撃するほうが得だ」と考えがちだし、
    古武道の技を、人を殺める道具のごとく見なすような、極論に走りやすい。

    そして、たいてい虎の威を借る狐か、犬の遠吠えみたいな人種です。

    極端な比喩になりますが、堅物な武士へ、古式に則った「果たし状」を送り、
    謂れも証拠もない罪で広い野原へ呼び出し、その野辺に火を放つとか。
    無関係な道場の師範を、虚偽や讒言で焚きつけて、その武士と戦わせるとか。

    罠を張って、他人の手を汚させ、自分は自宅で薄ら笑うというような、
    姦策、妄言、邪媚、奸欺、誑惑、卑浅、諂嫉、詆毀、猜吝、残忍……
    こんな表現が素敵に似合う、そういった……えー、自分で書いてなんですが、
    ここまで来たら、単なるヒトデナシじゃん?!

    とにかく。

    「相手から来る前に、頭をカチ割って倒してやる!」とか、
    「先制攻撃で、ヤツを仕留める!」なんて遠吠えに慣れちゃったから、
    慣れない実践の場に出ると、気持ちばかりが逸り、
    ふわっと構える相手に「瞬殺にしてやるぜ!」って感じで自分から仕掛けて、
    あっさり「切甲刀」の餌食になって終わる。

    「だーかーらー! こっちから仕掛けたらダメなんだっつーの!」

    「本心を練りなさいと、日ごろ、あれほど言ったでしょ!!!」

    「正々堂々の対極を、行動の基準に据えてるもんだから、
    結局、日の当たる舞台に出たときに、理論が崩壊してやられるんだ!」

    「卑怯者ってのは、最後は負けるんだよ!!!」

    現代風にいえば、こういったようなことを、心形刀流の先人は、
    時代を超えて、こんな「稽古のつまみ」を書いている僕に、
    教えてくれているのではないでしょうか。

    ……今回も、書きたいことばっかり書いてしまった。
    会員のみなさま、申し訳ございません。

    (文責:早乙女)

  • #36

    稽古のつまみ第16回(その2) (月曜日, 19 6月 2017 12:27)

    (その1)からのつづきです。


    さて、あらためて稽古風景を考えてみますと、
    当然、木刀で稽古しているのだから、兜なんてかぶってません。

    でも「切甲刀」は、解釈上、兜を切らせて相手を打つ刀法だから、
    本当に「ボコーン!」と頭を打たれたら、
    木刀とはいえ、たまったもんじゃないです。
    下手すりゃ、あの世逝きです。


    ということで、木刀で稽古するときには、
    相手が上段から頭をめがけて打ってきた太刀を、
    上段に構えている自分は、頭上で受け止めるんだろう、
    と思うわけですね。


    そのとき、相手の太刀をみていると、
    頭に飛んでくるから、おっかないわけだし、
    ついつい、相手の木刀を見てしまうわけです。

    そうなると、変に体がのけぞったりしてしまう。
    のけぞると、足が「居つく」ことになったり、
    体重移動による重心移動が起こって、
    自分で自分の身体を崩してしまいかねないものです。


    そこで静山は、相手の刀の動きを見るな、と。
    怖いと思わずに無心でいろ、と。
    逆説的ですが、相手が刀を持っていると思ってないんだから、
    そもそも、刀に怖がる、ということが起こらない。


    そして、自分で「太刀を受けてやる!」と思って受けるんじゃなく、
    なにか、神様とか仏様のような、自分じゃない存在が自分に力を貸して、
    意志がないのに、ふっと受け止めてしまう。そんな感じで受けるんだ、と。

    敢えて神仏について言及したことから鑑みても、
    これは、反射的に反応するという、チャチな領域じゃないように思います。
    「無心の心」とでもいうべき、達人ならではの言葉ですね。


    実践では、相手の力量が上がるほど、眼で刀を追っていたら間に合わないし、
    それどころか、そういう刀の振り方をしてくれないわけです。
    もっといえば、「刀を振る」なんて行為自体があり得ないことです。

    兜で受けるとはいえ、太刀が迫ってくれば恐怖を覚えるものです。
    だから、たぶん相手の全身をぼんやりと見ているのでしょう。
    体捌きだけを見ているというか、気配だけを見ているというか。


    そして、自分の兜に「ガーーン!」と相手の刀が激突する。
    それはまさに、火薬に火がついた瞬間であり、
    その刹那、火薬自身の意志とは無関係に、パン! と音が鳴るごとく、
    自分の「了見」とは無関係に、ハッ! と相手の顔面めがけて刀が飛ぶ。

    まあ、こんな感じの技なのでしょう……か?!

    相手にしてみれば、頭を叩いて「打ち取った!」と思った瞬間、
    自分の顔面に相手の刀が激突するわけだから、
    恐るべき刀法といえますね。

    剣術で細谷さんにも指南してもらうことの1つがあって、それは、
    相手が振りおろしてきたら、その後で、自分も振り下ろす、というものです。
    そうすると、かならず自分が小手を取って勝つ、という、
    そんな練習がありますけど、これと同質な気もします。


    ところで、当会で教えている「上段の構え」とは、
    ツイッター動画などでご確認いただきたいのですが、
    想像の斜め上を行くような、異質な姿勢です。
    別の会でマネされたら、すぐ分かるってぐらい不思議な形です。

    右足を前に踏み出して立ち、
    前ならえ、みたいに両手を伸ばして木刀を握り、
    それを、そのままバンザイするようにして、自分の頭上に掲げる、
    というような、単純な形ではありません。

    言語化するのが難しいのですが、
    相手が正面から、しっかりと整った上段の構えを見ると、
    なんだか、「ほそーい」「打つところなーい」っていう感じで、
    ヒラメかカレイの如く、薄っぺらになっているように見える構えなんです。


    両足をそろえて、左足を前に出す。で、膝と股関節を緩める。
    ちょっと中腰みたいになっている状態なんですけど、
    そのとき、左足の爪先、膝、そして左肩がタテに揃う。
    いわゆる「天地人」が揃っている。

    そして、それらの「切っ先」が、すべて相手の中心に向かってる。
    いわゆる「正中線を取っている」という状況になる。
    さらに、顔も、やや顎を引いて、相手に向かう。

    右の下半身は、「撞木(しゅもく)をきった」状態に開く。
    撞木とは、寺の鐘をカーンと鳴らす道具で「T」字をしている。
    右足と左足の関係性が、このような形になる状態を、
    「撞木を切る」と言います。

    ですが、T字どころか、股関節がもっと開いて、180度開脚したぐらい、
    イメージ的に、右足の膝が、自分の真後ろに立つ人に向かっている状態です。
    いわゆる「一文字腰」というものでしょう。


    左手は、招き猫みたいな手の形で、木刀の柄を握り、
    ちょうど、顔の前に棒のように立っていて、そこから相手を見据える。
    右手は、斬り手の形になったまま、自分の頭上より少し後ろ気味にある。
    木刀は、水平に寝ているような感じ。

    そして、身体がこんな感じになっていても、
    尻がつき出さない。

    こんなのが、70パーセントほど言語化された、
    当会で細谷講師によって教えてもらう「上段の構え」です。


    たしかに、この構えだと、相手が上段で刀を打ってきた場合、
    自分の股関節と膝をさらに緩め、もっと身体を低くして、
    頭上に寝かせた自分の刀で、太刀を受けようと思えば出来る……か?!
    出来ないか……。出来ないな……。


    ……つづく。

    (文責:早乙女)

  • #35

    稽古のつまみ第16回(その1) (月曜日, 19 6月 2017 12:18)

    本日もアクセスありがとうございます。
    みなさん、古武道してますか。

    最近、大学で教鞭をとっていらっしゃるロシア語学の先生から、
    ロシアではサンボという伝統的な格闘技があることや、
    ロシアの方でも「KOBUDO」って感じでインストラクターがいますよ、
    なーんて話を聞きました。

    そして、とっても嬉しいことに、
    剣道を習っているという小学生の娘さんが、
    当会のツイッター動画をみて、とても興味を持ってくれたそうです。

    なんでも、剣道場では、面貌を着けているために、
    頭部をバシバシと容赦なく叩かれて、それが頭頂部や脳内、頸部に響き、
    すっごくテンションが下がって、やるのが辛くなっちゃうんだそうです。

    ところが、当会の動画を見てみると、
    みんなが何の防具も身に着けていないことに、
    まず、驚いてしまう。「面着けないの?!」とビックリ。

    次に驚くのが、誰も殴られない、誰も叩かれない、
    で、誰も痛そうにしていない(笑)

    そんなことを、畳のない板の間で行っていることにも、
    さらに驚いたのだそうです。

    板の上であっても、当会の講師陣は危険性を承知しているので、
    技をかけられて倒れても、別に怖くはありません。
    人が怪我するような崩し方をしませんので。

    私も、まっとうな受け身なんて出来ませんが、
    入会当時から板の間なので、それが当たり前になってしまいました。

    せいぜい言うならば、仰向けに倒れるときは、自分のヘソの辺りを見る。
    そうすれば、自動的に後頭部を保護できます。

    また、手を握られて、ゴロゴロと転がされたならば、
    じーっと相手の顔を見続けていることです。
    そうすると、相手の動きがよく観察できます。

    いけないのは、現代柔道のように、バーンと平手で床を打つことです。
    こうすると、ただただ痛いし、力が分散するというより、
    腕に余分な力が反動してきたり、身体の運動が停止してしまいます。

    古武道の立場からすれば、むしろ相手の力を活かして、
    エネルギーを使いきるまで、きちんと転がりきったり、
    それを利用して、相手に返し技をかける、ということに使うほうが、
    ずっと有効です。

    上手に技をかける、というだけでなく、
    上手に技を受けたり、上手に転んだり、
    上手に崩れたり、上手に倒れたりと、
    そういったことも稽古の内です。

    柔道でも「かけ逃げ」が許されていないように、
    古武道でも「かけられたら、最後まで相手の技にちゃんとかかる」、
    というのが大事です。「途中でやーめた」は稽古にならない。

    そこで大事になるのが「力強さであるとか、速さでごまかすな」
    ということであり、「ゆっくりやって出来ないものは、
    速くやっても出来ない」という原則に基づいた、
    落ち着いた、静かな稽古を行う、ということになるのです。

    なお、念のために断って置きますと、
    柔術の練習では、ちゃんとマットを敷いて練習しています。

    稽古方法に心配や疑問がある方は、
    当会のツイッター動画を、何度もご確認ください。

    ということで、小さなハーフの天使さんも、
    当会の動画を見てくれているということなので、
    うっかり「稽古のつまみ」を読み始めたりしたら、難しくて大変だ。

    ということで、今回も『常静子剱談』なのですが、
    以後は、なるべく古典の文章には、しつこい読み仮名を付けて、
    より分かりやすい譬え、文章を心がけていきたいと思います。


    一、せつかふ刀(とう)を木剣(もくけん)にて使(つか)ふに、上段(じょうだん)にかざして仕駆(しか)くるとき、受太刀(うけだち)の刀を見ずして、至(いたっ)て無心(むしん)なるがよし、而(しかして)受太刀の太刀(たち)を打つときに、鐵砲(てっぽう)に火移ると鳴る如(ごと)く、我が了見(りょうけん)は一つも無しに、摩利支天(まりしてん)とか又(また)は何明神(なにみょうじん)とか、神仏の力にて打落(うちおと)す心にて打(うつ)べし、我力(わがちから)にて打(うつ)と思(おも)ふ心にては不宜(よろしからず)、此(この)心を考(かんがう)べし


    ここに書かれているのは、「せつかふ刀」についての極意のようです。
    「せつかふ刀(=せっこうとう)」とは、静山が著した『劔攷』(けんこう)に、
    「切甲刀(一・二)」とあるものでしょう。

    『劔攷』に説明が書かれているのですが、
    かいつまんで記すと、「兜(かぶと)を斬る」ことに由来する刀法を言うようです。

    さらに『劔攷』で詳しくみると、敵も自分も上段で構えています。
    そして、相手が打ち込む刀の勢いを、自分の頭上で受けて、
    その相手の太刀を、「拉きて之(これ)に勝つ」とあります。

    「拉きて」は「ひさぎて」とでも読むのでしょう。
    昔の文章は、基本的に濁音でも濁点を付けないので、
    現代人は意味で補っていかないと読めません。

    今でも「ひしゃげる」という言葉がありますけど、
    物理的には、押しつぶすっていう感じの言葉です。
    間違っていたらすみません。

    さらに、この打ち込む太刀を「拉きたるとも」(押しつぶしても)、
    その勢いをもって、敵の面部に突っ込むんだ、ともあります。

    なんでこんなことが可能かというと、
    敵の刀に自分の兜を切らせているからなので、
    もしかすると、兜で刀を受けちゃうのかもしれないですね。
    その刀を受けた勢いそのままに、相手に突っ込んで面を割る、と。

    「ひしゃげる」といっても、腕力の話じゃないのです。
    鉄の兜に、鉄の刀が当たるんだから、結果的にひしゃげる。

    しかし、そう考えると、捨て身の技じゃないんですか?!
    なんだか想像がつかないですが、兜(=甲)を切らせて、
    そこから相手を打つゆえに、「切甲刀」というのだそうです。

    これを、木刀でやろうとなったとき、上段にかざして仕掛けていく。
    そのときは、受けの太刀を見たらダメなんだ、と。
    いたって、無心(怖いとか、やってやる! とか、そういうのナシ)
    で相手に向かって行くんだ、と。

    そして、受け太刀の人が、自分の持っている太刀を打つときには、
    鉄砲(火縄銃のイメージ)の導火線に火がついて、
    これが火薬に点火した瞬間に「パン!」と音が鳴るような気持ちだ、と。
    自分の了見はひとつも無しなんだ、と。

    「了見」というのは、「どういう了見だ!」の了見で、
    自分の考えとか、判断とか、気持ちのことです。
    そういうの、一切なし。「無の境地」ってことでしょうか。
    煩悩の塊である私には、今のところ想像もつきません。


    「アンパンマン」というアニメに「バイキンマン」がいます。
    「バイキンマン」は、バイキンを擬人化したものですが、
    同じように「火薬マン」というのがいたとしましょう。

    火薬マンは、自分で「パン!」とはじけることが出来ません。
    ところが「種火ちゃん」という女の子キャラに触られると、
    はじけて「パン!」となってしまいます、と想定しましょう。

    このとき、「火薬マン」には、一切、自分の意志がありません。
    「パン! って鳴るぞ!」という「しよう」とする意図とか作為がゼロで、
    「種火ちゃん」の力によって、「パン!」という結果に至るのです。

    こんな風に、本人の意志で「打とう」として打っているんじゃない、
    ということのようです。静山は続けます。

    摩利支天だとか、または、たとえば稲荷明神だとか何だか明神だとか、
    別に自分が仏教でも神道でも、何を信じていてもいいですよ、と。

    しかし、自分の意志で打とうとするんじゃなくて、
    そういった、自分の信仰する神様や仏様の、見えざる力によって打ち落とす、
    そのような心で、太刀を打ちなさい。

    自分の力で相手を打とうと思う心持ちでは、よろしくない。
    この心を考えなさい。

    と、まあ、このようなことでございます。
    ここに摩利支天とあるのは、武道の守り神とされるからでしょう。

    ミソになるのは、「自分の意志のなさ」ですね。

    稽古だと、「じゃあ、切甲刀を練習しましょう」って感じで、
    相手が打ってくる前提、受ける前提で構えちゃうから、
    「打たれたら打つぞ」という、すでに「打つ気」が整っちゃうし、
    逆に、上手くやろうと焦って、当たる前に手を出してしまいそうです。

    千変万化に移り変わる実践の最中に、その予期せぬ一瞬に、
    この「切甲刀」が自然と発動できるからこそ、
    静山が教える文章の重みが伝わるのだと思います。

    稽古における「実践の想定」とは、単なる形の話だけでなく、
    受太刀(うけだち)はおろか、仕太刀(しだち)でさえも、
    何かをしようという意図がないまま、その動きをなすような、
    こうした意識のレベルまで高めることなのでしょう。

    あっきらかに、小学生には難解になったところで、つづきは次回へ!

    (文責:早乙女)

  • #34

    稽古のつまみ第15回 (月曜日, 12 6月 2017 15:56)

    アクセス、ありがとうございます。

    久しぶりのアップです。
    今回は、『常静子剣談』勉強会です。

    メンバーから一言「長い」という感想をいただきました。
    そうでしょー。「稽古のつまみ」は長いんです。
    長い目で見守ってくださいね。


    一、刀を学ぶ者、数遍(すうへん)つかへば上手になると心得て、我一生の見くばり無くば、間もなく老人にならば、矢張(やはり)下手にて年寄(としよる)べし、念仏唱(となう)るも、極楽浄土の様子も知(しら)ずしては、仏とは弥陀の事か何の事か、果(はて)は路(みち)に迷ふべきすぢ也

    これを直訳しますと、次のようになります。

    刀を学ぶ人で、数回使えば上手になると心に思って、
    自分の一生の見配りがなければ、そのうち老人になったとき、
    やはり下手のまま年齢を重ねる。
    念仏を唱えても、極楽浄土がどういうものかを知らなければ、
    仏というのは阿弥陀如来のことか何のことか、
    最後には仏道に迷うということと、同じ道理である。

    これは、かなり分かりやすい教えです。

    当会でも、剣術に限らず、柔術で「合気挙げ」とか「手枕」とか、
    いろいろな技を指導していただきます。

    そのとき、何か一個できると、「あ、できた」って思ったり、
    「これがコツですよね」みたいになりがちです。

    でも、他のことで応用が出来てないなら、
    その「できた」とか「コツ」は、全部まやかしです。

    なぜなら、いくつかの技は、同一原理から出ているのであり、
    見た目の形は変わっていても、同じように利用が可能だからです。
    やや小難しく言えば、普遍性を獲得しているはずなのです。

    だとすれば、「合気挙げ」で「できた」ことは、「手枕」でも「できる」、
    となってなければ不自然です。

    もっといえば、「手枕」で「できた」のだったら、
    「前受け身」でも「できる」とならなければオカシイし、
    さらに「打ち込み」でも「できる」はずです。

    たとえば、自転車を考えてみれば分かりやすいかもしれませんが、
    ある自転車に乗れたら、他の自転車にも、たいてい乗れる。

    攻殻機動自転車とか、よほど特殊な機能を備えた未来の自転車とか、
    そんなんでない限り、バランスを取って漕ぐ、という1つの技術で、
    とりあえずは対処できるはずです。

    でも、ママチャリに乗って、ただ道を走っていることを繰り返したから、
    じゃあ、マウンテンバイクで崖を降りられるかっていうと、
    そうはならない。それはまた、違う段階の話なのです。

    だから、何回かやれば上手な使い手になる、なんてのは大間違いで、
    たしかに、ある一定のところまでは、初心者よりは上手い、
    ということはあるでしょうが、誰にでも掛けられるというような、
    真の使い手には、とても到達できないでしょう。


    ちっちゃな、それも、脆い土台をいくつも作って、
    それをたくさん集めて喜んでしまう。
    あるいは1つの土台にばっかり執着してしまう。

    土台が未完成であることをしっかりと認識して、
    今より土台を成長させるだとか、組み合わせて大きなものを作るとか、
    土台の上に遥かな塔を建てるとか、土台に変化をつけるとか、
    あるいは、なぜ土台を作るのか、真の土台とは何か、とか、
    そういう先を目指すものがない。

    だから稽古を続けて、とうとう60歳、70歳となっても、
    なにも学んでないのと同じことになるという、
    本当に「無駄稽古」というものを重ねた人になって終わってしまう。

    ……想像するだけで、ぞっとします!!

    刀や棒を扱うというのは、それが華麗に見えても、曲芸ではありません。
    曲芸には、曲芸の極め方や、曲芸師としての「道」があるのであって、
    剣術や棒術として道具を扱う世界を学ぶこととは、全く違うものです。

    だから鼓笛隊みたいに棒をクルクル回せたからって、
    武術的に何の意味もない。単に、小手先が器用なだけです。
    体捌きで棒を振ったり、刀のように使ってるわけでもない。

    お猿さんみたいに、ほーいっと床で前回り受け身(っぽいもの)をして、
    いかにも「やってる感」を見せびらかしてみせたところで、
    技をかけられたときに対応できなかったり、
    それを技の形で変換できないなら、単に回ってみせるのが好きな人に過ぎない。

    あるいは、「足の入れ替え」というものがありますが、
    あればっかりをサササっとやって「出来た、出来た」と思っても、
    そんなのは、コサックダンスを練習しているようなもので、
    そればかりやってるから、剣術の達人になるってわけでもありません。

    まさに「数遍つかへば上手になる」と勘違いしているわけで、
    やがては、「近所に、右足と左足をサササって動かすのが上手なジイさんがいる」、
    ってぐらいになっちゃって、まあ、何もできないよりいいけど、
    武術的には、何もしなかったのと同じってことで終わって、合掌、と。

    怖いよー!! そんなん絶対ヤダーー!!

    合掌、で思い出しましたので、静山さんの文章に戻りますと、
    「念仏」云々、というのは、いかにもですね。

    いろいろ解釈はあるので、詳しくは近場の和尚さんに聞いてほしいですが、
    仏とは、人の姿であればお釈迦様のことで、浄土について教え導く存在です。
    弥陀とは、阿弥陀如来とか阿弥陀仏のことで、浄土での救い主です。

    だから、ある宗教を信仰して「アンマンデブ」とか念仏を唱えても、
    「極楽浄土とか仏とは、こういうものですよ」とかが何にも分からないのに、
    そんな唱えごとをしてたって、意味はないってことです。

    そりゃ、何回か唱えてれば、念仏を暗記するかもしれないけど、
    それで極楽だとか仏教の本質なんかが理解できるわけじゃない。
    念仏が上手になるだけでは、頭をツルツルにした意味がない。

    その念仏が経典として意味するところや、目指す極楽とは何か、という、
    最後に行き着くべき、武道で言えば「奥儀」や「道」みたいなものを、
    何にも見据えないまま、ただ唱えていては、仏道を極めることにはなりません。
    せいぜい、暗誦が上手な人、ってぐらいが関の山です。

    それどころか、イケメン坊主とかチヤホヤされて、「デヘヘ」となり、
    テレビに出て、学術研究史的には嘘っぱちばっかり偉そうに説教して、
    床暖房完備の仏間にキラッキラの仏像並べて、
    あれが壊れた、これが傷んだ、それが崩れた、と檀家から搾取ばかりして、
    仏道の「物欲・煩悩を捨てろ」って教えも分からん、成金坊主になり果てる。

    そんな調子だから、長い年月、念仏を唱えてても、
    出家しても「え? 仏と阿弥陀って違うの?!」ってトンチキなレベルだし、
    斎戒沐浴の本義も知らないまま、無意味に早起きして水浴びしたり、
    挙句の果てには、「とりあえず信じてれば、いつか救われるよね」って、
    その態度がもう救えないよ! っていう感じで一生が終わって、合掌、と。

    こんな坊さんがいたら、嫌ですよね。

    これを武術の稽古に置き換えれば、「あいつ手枕は、やたらうまいんだけど」、
    っていう感じで、5年経っても、10年経っても、
    ほかの柔術だとか、剣術だとかが、一向上達しないで、
    20年ぐらい細谷さんに習ったのに、「本心を練るとは何か」を、
    自分の稽古の総量に照らして語ることもできない、そんなことと同一です。


    自分の忙しい時間に都合をつけて、お金も払って、
    週に1回、欠かさず英会話の「Nova」に20年も通って、
    「can」の発音だけはネイティブ並みに上手いけど、
    英語の楽しさを何も語れませんって、通ってる意味あると思う???

    こんなもんポンコツだろ。……だけど、それが俺!
    ということにならないよう、「震えて眠るなよ!」って感じで、
    何かしら目標は持ちつつ、明日からも頑張っていきたいと思います。


    ちなみに、僕は懇意にしてる和尚さんが何人かおります。
    仏教を否定している人ではないので、あしからず。

    (文責:早乙女)