お茶の間

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コメント: 9
  • #1

    ブログ主 (水曜日, 22 11月 2017 12:21)

    今はあまりお茶の間なんて古いかもしれませんが、ちょっとくつろいでコメントしてくださいね。もちろん誹謗中傷はダメですよ。疑問や質問などあればどうぞ、そうじゃなくてもかまいませんので自由にコメントしてみて下さい。

  • #2

    相談役 (水曜日, 22 11月 2017 14:02)

    ご挨拶
    初めて投稿いたします。
    (幽霊)相談役の大高と申します。
    (幽霊)で察した方もいらっしゃるでしょう、生活に少し障る程度の持病をいくつか抱えて稽古には姿を見せませんw

    今もマスクとゴーグルに身を固めて戦に臨んでおりまして...
    スギ花粉とは盟約を結んでますが冬の花粉と対立して「合戦 花粉症冬の陣」が進行中ですww

    「合戦」といえば花形は 弓 槍 太刀。

    太刀は装具で帯から吊るし、身につけることを「佩(は)く」「佩刀(はいとう)」と言う。
    と...この辺りまでは辞書やネットですぐに出てきますが、江戸時代以前の肖像画で短い刀を一振りだけ帯に差す姿を見受けます。
    あれは何というのでしょう、やはり「脇差」でしょうか?
    お詳しい方のご教授をお待ちしております。

    併せて、メジャーな春花粉に比べて特効薬が少ない冬花粉の対策をご存知の方、情報募集中ですw

    これから時折、お目汚しするかと思います。
    どうぞ宜しくお願いいたします。

  • #3

    ブログ主 (水曜日, 22 11月 2017 19:28)

    おー!大高さん早速のコメントありがとうございます!
    冬のこんな季節に花粉症なんてあるんですか…( ・∇・)?
    申し訳ありません、私にはわからないです。この季節にそんなに花なんて咲いてないような気もするんですけどね。中国からのPM2.5でしょうか?
    あと短い短刀は脇差なんじゃないでしょうかね。他に思いあたりませんね。匕首(あいくち)ではないですよね。誰か答えるのを待ちましょう!誰も答えない場合は永遠の謎ということであきらめましょう。

    むしろ佩刀の佩くということの意味を知りたいですね。それと刀の差し方が逆向きなったのはどうしてなんでしょうね?謎が増えてしまった!余計なことしましたね。すいません

  • #4

    相談役 (土曜日, 25 11月 2017 19:08)

    ドラマ「アシガール」
    毎週観てます。
    先週、若君さまと近習小平太が剣術の稽古をするシーンで 小平太役の金田哲さんがずいぶんと「受け(非BL)」慣れておられると思い 速ググりました。
    金田さんのお父さんは剣道の先生で本人も有段者なんですね。
    だから身体が反応してバシッと決まってたんですね。

    武術家でもある榎本孝明さんの出演作した「陽炎の辻」にも木刀による攻防シーンがありました。
    火が出るような激しい打ち込みがリアル感を高めて作品の重厚な土台になり クライマックスの殺陣が一層映えましたね~
    古流を学ぶ殺陣師さんも多いと聞きましたけど納得です。

    さて「アシガール」
    黒島さんの唯ノ助ちゃんはナチュラル過ぎて沖縄女子の平均を出したらこんなになりました~的な。。。
    健太郎さんの忠清ぎみは原作に育ちの良さと誠実さが付加されて推しです。
    小平太さまの素振りは今日もキレてるし ベテランのお袋さまと並んでも違和感ないし、今後時代劇の起用も増えると嬉しい。

    あと少しですが まだまだひと波乱ふた波乱ありそうな予感。。。

    今回はドラマの感想で終わってしまいました...。

  • #5

    ブログ主 (土曜日, 25 11月 2017 21:35)

    アシガール面白そうですね。だいぶ見逃してしまいましたが今から見ても間に合うのでしょうかね?
    時代劇も最近少なくなってしまい、ちょっと悲しいですね。私はBSのNHK時代劇赤ひげを見てますが、なかなか面白いですよー。さて

    稽古とは 一より習い十を知り 十よりかへる もとのその一
    千利休

    これは千利休の言葉です。細谷さんがよく稽古して言われています。
    稽古と言う言葉は古(いにしえ)を
    稽(かんがえる)と言うそうですが、考えるってところがポイントなんだと思います。
    何をしているのか、何のために、どう変わっているのか、などなど会の名前にもあるように研究して行くのが大事なんだと思います。
    その上で千利休が言うように一から始め十に行きまた戻ることが大事なのかなと思います。
    私も考えるの苦手で、すぐに答えを知りたがるのですが、次にやると忘れていたりします。やる事が多いから覚えきれないこともありますが、考える癖が身につくようにしたいものですね。

  • #6

    相談役 (火曜日, 28 11月 2017 14:30)

    アシガールは途中から観てハマったファンも多いようです。コミック原作なので両方楽しんでる方もいらっしゃいました。

    「赤ひげ先生」は山本周五郎さんの「赤髭診療譚」でしたか?
    フランスに「青髭」という怖い話しがあり、ずっと混同していたので観たことがありませんでしたが、時代物の温かみって「粋」と言う言葉がハマりますね。
    「粋な計らい」「粋だねェ」

    ところで 稽古日記 #75 に関連して...。
    現在、身体が効かないなりの稽古をしてます。
    素振りをする際は壁や柱の線で真っ直ぐ振れてるか確認しながらやってます。

    「立ち技は腰を曲げないように意識して真っ直ぐ落ちる」練習もバリエーションに入れたいと思います。
    素振りも柔術もエンジンは「股関節と一致」と考えて良いでしょうか?
    先日の「下段受け」のお手本のようなピンの動画をぜひアップして下さい~。

  • #7

    ブログ主 (木曜日, 30 11月 2017 01:49)

    アシガール録画して見てみようと思います。(^^)楽しみです。

    赤ひげは赤ひげ先生の話ですが、医生の弟子との話でもあります。赤ひげ先生が怒鳴りつける様は最近こんな雷おやじは見なくなったなぁと思うくらい痛快に怒鳴ります(笑)しかし、浅はかな感情的な激怒ではなく現実を直視する厳しき叱咤に私には見えます。
    師弟とは何なのか?と思いながら見るのも面白いと思いますよ。
    師弟とは絶対服従するものではなくて、納得理解の上にあるものだと思います。現代では浅く関わり合いを避けてなるべくスマートに生きる風潮ですが、虎穴に入らずんば虎子を得ずとあるように深く一歩踏み込んだ中に真実もあるようにも思えます。山本周五郎の作品は現実の苦しみにもがき苦しみながらも強く生きることを教えてくれているんじゃないかと思っています。
    青髭なんてあるんですね!驚きました(°_°)
    真っ直ぐ振れているか一度講師に見てもらったらどうでしょうか?調子が良い時に少しの時間でもいいので御自身の努力されてる内容をチェックしてもらえば更に上達すると思いますよ。無理はしないでくださいね。

  • #8

    ブログ主 (月曜日, 01 1月 2018 22:16)

    明けましておめでとうございます。
    本当もよろしくお願いします!

    ドラマ赤ひげも終わり私は何を楽しみにしたらいいかと思っていたら、大河ドラマで西郷どんがやるそうなので、それでも見ようかなぁと思っています。示現流剣術のことなんてやってくれたら面白いのだけど、そんなに都合良くはないだろうなと思っております。
    今年はレベルアップの年になりそうなのでしっかりと頑張りたいと思います。
    山本周五郎と同じくらい好きなのが吉川英治であります。中でも宮本武蔵は好きですねーー!
    吉川英治の宮本武蔵はほとんどフィクションですが、とても日本人に愛された作品であり、海外でも多く読まれている作品です。
    作品中に武蔵の言葉で「あれになろう、これになろうと焦るより、富士のように、黙って、自分を動かないものに作り上げろ。世間に媚びずに世間から仰がれるようになれば、自然と自分の値うちは世の人がきめてくれる。」
    私も今年は富士の如くどっしり構えてみたいと思います!

  • #9

    ブログ主 (水曜日, 15 8月 2018 21:22)

    吉川英治の書いた宮本武蔵の二巻、目次、芍薬の使者にこんな事が書いてある。(ただし、この作品はフィクションであり実際にあった話しではない)
    柳生石舟斎の切った芍薬の花の茎の切り口を見て宮本武蔵が感じた事が書いてある。

    武蔵は、床に微笑している芍薬の花よりも、膝の前に落ちている枝の根元七寸程の切れ端へ、まだ眼も心も奪われていた。
    その元の切り口は、ハサミで切ったのでもないし、小刀とも思われない。幹は柔軟な芍薬のそれではあるが、やはり相当な腰の刀を用いて切ってあるものと武蔵は見たのである。
    それは生やさしい切り方ではないのだ。わずかな木口であるが切り人の非凡な手の冴えが光っている。

    試みに、武蔵は、自分もそれに倣って腰の刀で切って見たのであるが、こう較べて、細やかに見ると、やはり違っている。どこがどうと指摘できないが、自分の切り口には、遥かに劣るものを正直に感じるのだった。
    たとえば一個の仏像を彫るのに、同じ一刀を用いても、その一刀のあとには、明らかに、名匠と凡工のノミのちがいが分かるように。二巻100ページ。

    感じ取るチカラは大事だと思う、敵を知り己を知れば百戦危うからずと孫子の兵法書には書かれているが、稽古をしていて全く何をやってるのか分からないことがある。それは私がまだそのレベルに達していない事なのだろうと思う。できない自分を知り、何ができないのか知ることは次の段階に進むために必要不可欠だと思う。何も考えずに稽古しても得られることは少なくなってしまう。
    分かることも大事ではあるが、何が分からないのかも大事だと思う。武蔵みたいにハッと気づけるようになりたいものだ。
    夏もあとわずか、暑さに負けずに稽古して行きたい。